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『それでも、隣にいたいと思った』 ――ライオネル視点
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俺は、剣を抜くより先に、ため息をついた。
「……え?来るの?」
マリアがそう聞いたとき、俺は何も言わなかった。
ただ、荷物をひとつ背負って、彼女の隣に立った。
あの人は、笑っていた。
いつもの“嘘の上手い”あの顔で。
けれど、その笑みの奥に、たしかに不安があった。
信仰の名を捨て、聖女の名も置いて、それでも進もうとするその背中は――
あまりにも、ひとりだった。
……だから、俺はついてきた。
理由は、それだけだった。
俺は“信仰”を持っていない。
教義に忠実であろうとしたことはある。
任務に殉じようとした日々もあった。
けれど、俺は誰かに祈ったことがない。
“神がいる”と教わってきただけで、自分の言葉で求めたことなど、たぶん一度もなかった。
そんな俺が、“聖女”と呼ばれる人の隣にいる。
奇妙なことだと、時々自分でも思う。
だけど、あの人はちがった。
「祈ってもいい」と言って、誰かの隣に座るその姿は、
“教義”ではなく、“場所”を差し出すようだった。
――それを見て、俺はようやく、“祈る”という行為の意味を理解した気がした。
最初に異動命令を拒否したとき、同僚は呆れて言った。
「お前は、ただ聖女に惚れてるだけだろう」
そうかもしれない、とも思った。
けれど、違うとも思った。
俺は、あの人が“誰かの信じる力”を無言で守る姿に惚れたんだ。
その手を取らず、その名を叫ばず、
ただ、「祈ってもいいよ」と言い続ける人を――守りたいと思った。
最後の夜。
マリアは一人で立ち上がろうとしていた。
教会も名も置いて、
“信仰の残る場所”だけをそっと守って去ろうとしていた。
……また、あの背中か。
“誰も頼らずに立てる人間”の背中ほど、孤独なものはない。
だから、俺は荷物をひとつ持った。
「お前が“差し出す”なら、俺は“守る”。それだけだ」
マリアは、「また変な理由つけてきた」と笑った。
その笑いが、少し泣きそうだった。
なら、充分だ。
俺は、誰かに感謝されなくていい。
ただ、“あの人が誰かのために黙って立てる場所”を、俺が支える。
それが、俺にとっての祈りなんだと思う。
名前も称号も、意味なんてない。
でも、“隣にいる”という選択には、ちゃんと意味がある。
だから、俺は今日もその背中の少し後ろで、剣を背負っている。
そして静かに、まだ見ぬ誰かの祈りを守っている。
――それだけで、俺には充分だった。
「……え?来るの?」
マリアがそう聞いたとき、俺は何も言わなかった。
ただ、荷物をひとつ背負って、彼女の隣に立った。
あの人は、笑っていた。
いつもの“嘘の上手い”あの顔で。
けれど、その笑みの奥に、たしかに不安があった。
信仰の名を捨て、聖女の名も置いて、それでも進もうとするその背中は――
あまりにも、ひとりだった。
……だから、俺はついてきた。
理由は、それだけだった。
俺は“信仰”を持っていない。
教義に忠実であろうとしたことはある。
任務に殉じようとした日々もあった。
けれど、俺は誰かに祈ったことがない。
“神がいる”と教わってきただけで、自分の言葉で求めたことなど、たぶん一度もなかった。
そんな俺が、“聖女”と呼ばれる人の隣にいる。
奇妙なことだと、時々自分でも思う。
だけど、あの人はちがった。
「祈ってもいい」と言って、誰かの隣に座るその姿は、
“教義”ではなく、“場所”を差し出すようだった。
――それを見て、俺はようやく、“祈る”という行為の意味を理解した気がした。
最初に異動命令を拒否したとき、同僚は呆れて言った。
「お前は、ただ聖女に惚れてるだけだろう」
そうかもしれない、とも思った。
けれど、違うとも思った。
俺は、あの人が“誰かの信じる力”を無言で守る姿に惚れたんだ。
その手を取らず、その名を叫ばず、
ただ、「祈ってもいいよ」と言い続ける人を――守りたいと思った。
最後の夜。
マリアは一人で立ち上がろうとしていた。
教会も名も置いて、
“信仰の残る場所”だけをそっと守って去ろうとしていた。
……また、あの背中か。
“誰も頼らずに立てる人間”の背中ほど、孤独なものはない。
だから、俺は荷物をひとつ持った。
「お前が“差し出す”なら、俺は“守る”。それだけだ」
マリアは、「また変な理由つけてきた」と笑った。
その笑いが、少し泣きそうだった。
なら、充分だ。
俺は、誰かに感謝されなくていい。
ただ、“あの人が誰かのために黙って立てる場所”を、俺が支える。
それが、俺にとっての祈りなんだと思う。
名前も称号も、意味なんてない。
でも、“隣にいる”という選択には、ちゃんと意味がある。
だから、俺は今日もその背中の少し後ろで、剣を背負っている。
そして静かに、まだ見ぬ誰かの祈りを守っている。
――それだけで、俺には充分だった。
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