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第一章 幼い日の出会い
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北の風は鋭く、辺境伯領の訓練場を容赦なく吹き抜けていた。
地面に広がる砂埃を踏みしめる兵士たちが、ざわめきながら少女の姿を見守っている。
「リシェル様に……本当に?」
「当主の命だ。直系ならば、やれるはずだ」
彼らの視線が一斉に私へと向けられている。
辺境伯の娘として生まれたからには、強くなくてはならない。笑顔も可憐さも要らない。求められるのはただ、冷徹な指揮官となる資質だ。
私は息を整え、掌を前へ差し伸べた。
「……開け」
意識を研ぎ澄ませると、空気が震え、光が弧を描いて広がっていく。
透明な膜が瞬く間に形を取り、数十人の兵を包み込む半球となった。
鋭い風は遮られ、砂粒さえ結界に弾かれて散る。
「おお……!」
「まだ幼いのに、この規模を……!」
どよめきが訓練場に響く。
私は表情を崩さず、ただ魔力を流し続けた。
直系の娘として当然のことをしたまでだ。これが誇示であってはならない。国を護る力に、揺らぎなど許されないのだから。
だがその中に、一人だけ他の兵とは違う眼差しを向けている少年がいた。
黒髪に浅黒い肌。まだ年端もいかぬのに、鍛錬で硬く締まった体つき。
アルディス家の次男、カイ。
今日から私の護衛見習いとして傍に仕える――直系と同い年に生まれたがゆえに、身代わり候補として鍛えられてきた少年。
彼の瞳は、畏怖でも称賛でもなかった。
驚きと憧れ、そして抑えきれぬ熱のようなものを秘めて、真っ直ぐに私を見ていた。
――どうして、そんなふうに。
戸惑いが胸に広がり、思わず視線を逸らす。
兵たちの歓声を背に、私は結界を解いた。
光が消え、風が再び頬を叩く。
「……以上です」
凛とした声で告げた。令嬢として、弱みを見せぬように。
けれどその背後で、少年が無言で拳を握りしめていることには気づいていた。
カイ。
その瞬間、彼の心に芽生えたものが何であったか――私はまだ知らなかった。
ーーーーーーーーーーーーー
※本作は「グラシア辺境伯シリーズ」の一作です。
同一世界観で描かれた他作品も公開しています。
地面に広がる砂埃を踏みしめる兵士たちが、ざわめきながら少女の姿を見守っている。
「リシェル様に……本当に?」
「当主の命だ。直系ならば、やれるはずだ」
彼らの視線が一斉に私へと向けられている。
辺境伯の娘として生まれたからには、強くなくてはならない。笑顔も可憐さも要らない。求められるのはただ、冷徹な指揮官となる資質だ。
私は息を整え、掌を前へ差し伸べた。
「……開け」
意識を研ぎ澄ませると、空気が震え、光が弧を描いて広がっていく。
透明な膜が瞬く間に形を取り、数十人の兵を包み込む半球となった。
鋭い風は遮られ、砂粒さえ結界に弾かれて散る。
「おお……!」
「まだ幼いのに、この規模を……!」
どよめきが訓練場に響く。
私は表情を崩さず、ただ魔力を流し続けた。
直系の娘として当然のことをしたまでだ。これが誇示であってはならない。国を護る力に、揺らぎなど許されないのだから。
だがその中に、一人だけ他の兵とは違う眼差しを向けている少年がいた。
黒髪に浅黒い肌。まだ年端もいかぬのに、鍛錬で硬く締まった体つき。
アルディス家の次男、カイ。
今日から私の護衛見習いとして傍に仕える――直系と同い年に生まれたがゆえに、身代わり候補として鍛えられてきた少年。
彼の瞳は、畏怖でも称賛でもなかった。
驚きと憧れ、そして抑えきれぬ熱のようなものを秘めて、真っ直ぐに私を見ていた。
――どうして、そんなふうに。
戸惑いが胸に広がり、思わず視線を逸らす。
兵たちの歓声を背に、私は結界を解いた。
光が消え、風が再び頬を叩く。
「……以上です」
凛とした声で告げた。令嬢として、弱みを見せぬように。
けれどその背後で、少年が無言で拳を握りしめていることには気づいていた。
カイ。
その瞬間、彼の心に芽生えたものが何であったか――私はまだ知らなかった。
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※本作は「グラシア辺境伯シリーズ」の一作です。
同一世界観で描かれた他作品も公開しています。
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