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第二章 学園と婚約者候補
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夜の帳が降りた女子寮の一室で、私はようやく勉学の時間を終えた。
蝋燭の灯りに照らされた机の上には、今日一日で読み込んだ本が積み重なっている。
ページを閉じると、張り詰めていた心が一気に緩み、深いため息が洩れた。
王都の学園に来てから、毎日は慌ただしい。
講義に、交流に、形式ばった挨拶の数々。
辺境伯令嬢という肩書きは、否応なく人の視線を集める。
笑顔も、姿勢も、すべてが試されているようで息苦しかった。
その中で――アルノルト=ディアスは確かに特別な存在に見える。
公爵家三男という立場。
魔道研究に心血を注ぐ才覚。
領地を背負う身として考えるなら、これ以上望ましい相手などいないのではないか。
条件だけを見れば「悪くない」と、そう結論づけられる。
彼は穏やかで、誠実だ。
話していても嫌味がなく、周囲に対しても分け隔てがない。
私が研究の話をすれば、興味深そうに耳を傾け、さらなる見識を示してくれる。
その姿勢は、確かに信頼に足るものだった。
……それに、彼はカイにすら丁寧に接してくれる。
胸が、少し温かくなる。
辺境伯領では侍従が令嬢に付き従うのは当然でも、王都の基準では異例だ。
多くの貴族は「侍女にすべきだ」と考えるだろう。
実際、縁談の話が進めば、相手によってはそう命じられる可能性がある。
だがアルノルトなら――そんなことは言わない。
彼は人を格下に見るような男ではない。
だからこそ、私は安心できるのだろう。
……そこで、はたと気づく。
なぜ、私は。
なぜ私は、婚約者の条件を考えるときに、カイの扱いまで思い浮かべているのだろう。
婚姻は領地のため。
辺境伯家を継ぐ以上、私情など挟む余地はない。
相手が誰であれ、領地を守る力と絆を築けるなら、それでいいはずなのに。
それなのに私は、自然とカイを前提に考えている。
彼がこの先どう扱われるのか、どう傍にいられるのか――そんなことを心配している。
胸の奥がきゅうと締めつけられる。
そこに宿っているのが何なのか、もう薄々わかっている。
だが、気づいてはいけない。
気づいた瞬間に、きっと後戻りができなくなる。
「……私は辺境伯家の令嬢」
小さく呟き、自らを戒める。
感情に呑まれることなど許されない。
領地を背負う者として、私情に流されるわけにはいかない。
蝋燭の炎が静かに揺れる。
私は深く息を吸い込み、胸のざわめきを押し込める。
凛とした令嬢の顔を取り戻すように、目を閉じた。
それでも――心の奥に残った温もりは、なかなか消えなかった。
蝋燭の灯りに照らされた机の上には、今日一日で読み込んだ本が積み重なっている。
ページを閉じると、張り詰めていた心が一気に緩み、深いため息が洩れた。
王都の学園に来てから、毎日は慌ただしい。
講義に、交流に、形式ばった挨拶の数々。
辺境伯令嬢という肩書きは、否応なく人の視線を集める。
笑顔も、姿勢も、すべてが試されているようで息苦しかった。
その中で――アルノルト=ディアスは確かに特別な存在に見える。
公爵家三男という立場。
魔道研究に心血を注ぐ才覚。
領地を背負う身として考えるなら、これ以上望ましい相手などいないのではないか。
条件だけを見れば「悪くない」と、そう結論づけられる。
彼は穏やかで、誠実だ。
話していても嫌味がなく、周囲に対しても分け隔てがない。
私が研究の話をすれば、興味深そうに耳を傾け、さらなる見識を示してくれる。
その姿勢は、確かに信頼に足るものだった。
……それに、彼はカイにすら丁寧に接してくれる。
胸が、少し温かくなる。
辺境伯領では侍従が令嬢に付き従うのは当然でも、王都の基準では異例だ。
多くの貴族は「侍女にすべきだ」と考えるだろう。
実際、縁談の話が進めば、相手によってはそう命じられる可能性がある。
だがアルノルトなら――そんなことは言わない。
彼は人を格下に見るような男ではない。
だからこそ、私は安心できるのだろう。
……そこで、はたと気づく。
なぜ、私は。
なぜ私は、婚約者の条件を考えるときに、カイの扱いまで思い浮かべているのだろう。
婚姻は領地のため。
辺境伯家を継ぐ以上、私情など挟む余地はない。
相手が誰であれ、領地を守る力と絆を築けるなら、それでいいはずなのに。
それなのに私は、自然とカイを前提に考えている。
彼がこの先どう扱われるのか、どう傍にいられるのか――そんなことを心配している。
胸の奥がきゅうと締めつけられる。
そこに宿っているのが何なのか、もう薄々わかっている。
だが、気づいてはいけない。
気づいた瞬間に、きっと後戻りができなくなる。
「……私は辺境伯家の令嬢」
小さく呟き、自らを戒める。
感情に呑まれることなど許されない。
領地を背負う者として、私情に流されるわけにはいかない。
蝋燭の炎が静かに揺れる。
私は深く息を吸い込み、胸のざわめきを押し込める。
凛とした令嬢の顔を取り戻すように、目を閉じた。
それでも――心の奥に残った温もりは、なかなか消えなかった。
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