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第四章 辺境の戦乱
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「――討伐成功!」
その叫びが夜空を震わせた。
次の瞬間、兵たちの喉が一斉に開き、歓声が広がっていく。
剣や槍が掲げられ、互いの肩を抱き合う者、涙を浮かべる者。
生き延びた喜びが波のように押し寄せ、城塞の空気を一変させた。
兵たちの歓声が熱となって夜気を震わせるのに、私の体は冷たく、指先から力が抜け落ちそうだった。
その光景を、結界の中心に立つ私は霞む視界で見つめていた。
魔力を注ぎ込み続けてきた魔道具の光をようやく解き、膝が折れそうになるのを必死に堪える。
息は荒く、全身が鉛のように重い。
だが――まだ立っている。
消耗し尽くすはずだった。
命を削り切る覚悟で挑んだはずなのに、胸はまだ上下し、呼吸は続いている。
その事実が不思議で仕方がなかった。
「カイ!」
名を呼ぶ声に顔を上げた。
炎に揺れる銀の髪が飛び込んでくる。
泥と血に塗れた鎧姿のまま、リシェル様が駆け寄ってきていた。
その瞬間、隣にいた兄が静かに一歩退いた。
役目を譲るように、ただ目を伏せて。
弟の最期を看取るのは自分ではない――そう告げる仕草だった。
私は震える手で首飾りを外し、彼女へと差し出した。
指先が触れた瞬間、雫がぽろりと零れ落ちる。
「ちゃんと……勝ってきたわ」
泣き笑いのような声だった。
泥と血に汚れた頬を濡らしながら、唇を震わせている。
「カイのおかげで……領地を護れたの」
その言葉と同時に、彼女は私を強く抱き締めた。
甲冑越しでも伝わる温もりと震え。
押し殺した嗚咽が胸に響き、堪えていたものが一気に込み上げてくる。
――生きて、この瞬間を迎えられた。
――彼女の腕に抱かれている。
ただそれだけで、胸がいっぱいになった。
兵たちも誰一人、咎めなかった。
むしろ視線を逸らし、唇を噛み、ある者は静かに涙を拭っている。
最期の抱擁になると、皆が思っているのだろう。
「……リシェル様」
名を呼ぼうとしたが、声が震え、言葉にならなかった。
ただ、彼女の温もりを必死に記憶に刻み込む。
五日間の徹夜。
削られた魔力と生命力。
限界を超えた身体は、もう保たなかった。
視界が暗転し、足元から力が抜けていく。
最後に耳に残ったのは、押し殺しきれない泣き声だった。
「……カイ……!」
その声を胸に刻みながら、私は闇に沈んだ。
その叫びが夜空を震わせた。
次の瞬間、兵たちの喉が一斉に開き、歓声が広がっていく。
剣や槍が掲げられ、互いの肩を抱き合う者、涙を浮かべる者。
生き延びた喜びが波のように押し寄せ、城塞の空気を一変させた。
兵たちの歓声が熱となって夜気を震わせるのに、私の体は冷たく、指先から力が抜け落ちそうだった。
その光景を、結界の中心に立つ私は霞む視界で見つめていた。
魔力を注ぎ込み続けてきた魔道具の光をようやく解き、膝が折れそうになるのを必死に堪える。
息は荒く、全身が鉛のように重い。
だが――まだ立っている。
消耗し尽くすはずだった。
命を削り切る覚悟で挑んだはずなのに、胸はまだ上下し、呼吸は続いている。
その事実が不思議で仕方がなかった。
「カイ!」
名を呼ぶ声に顔を上げた。
炎に揺れる銀の髪が飛び込んでくる。
泥と血に塗れた鎧姿のまま、リシェル様が駆け寄ってきていた。
その瞬間、隣にいた兄が静かに一歩退いた。
役目を譲るように、ただ目を伏せて。
弟の最期を看取るのは自分ではない――そう告げる仕草だった。
私は震える手で首飾りを外し、彼女へと差し出した。
指先が触れた瞬間、雫がぽろりと零れ落ちる。
「ちゃんと……勝ってきたわ」
泣き笑いのような声だった。
泥と血に汚れた頬を濡らしながら、唇を震わせている。
「カイのおかげで……領地を護れたの」
その言葉と同時に、彼女は私を強く抱き締めた。
甲冑越しでも伝わる温もりと震え。
押し殺した嗚咽が胸に響き、堪えていたものが一気に込み上げてくる。
――生きて、この瞬間を迎えられた。
――彼女の腕に抱かれている。
ただそれだけで、胸がいっぱいになった。
兵たちも誰一人、咎めなかった。
むしろ視線を逸らし、唇を噛み、ある者は静かに涙を拭っている。
最期の抱擁になると、皆が思っているのだろう。
「……リシェル様」
名を呼ぼうとしたが、声が震え、言葉にならなかった。
ただ、彼女の温もりを必死に記憶に刻み込む。
五日間の徹夜。
削られた魔力と生命力。
限界を超えた身体は、もう保たなかった。
視界が暗転し、足元から力が抜けていく。
最後に耳に残ったのは、押し殺しきれない泣き声だった。
「……カイ……!」
その声を胸に刻みながら、私は闇に沈んだ。
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