冷徹と噂の辺境伯令嬢ですが、幼なじみ騎士の溺愛が重すぎます

藤原遊

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第五章 婚約指名

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あの婚約発表がなされる少し前――。
領内会議の前に、人払いされた父の執務室へと呼ばれていた。

広い部屋に残されたのは私と父だけ。
重い扉が閉ざされる音が、やけに遠くで鳴り響いたように感じた。

「リシェル」

父の眼差しは冷たく鋭い。戦場を見据えるときと同じ色をしていた。

「カイを、お前の婚約者とする」

息が止まった。
心臓が跳ね、言葉を失った。

「……父上、それは……」

かろうじて口にした声は、震えていた。

父は揺るぎなく告げる。

「スタンピードの報告は王都に上げねばならん。あの戦いでカイが結界を維持した事実はいずれ知れる。もし婚約者として囲っておかねば、王都の貴族に見つかり、連れ去られるだろう」

さらに、追い打ちをかけるように続けた。

「お前があやつを抱き締めたことも、兵たちは見ていた。もしあの時死んでいれば、美しい主従の物語として終わったろう。だが生き残った。ならば中途半端な情では醜聞になる。悲壮な覚悟を決めた恋人同士――そうしておくのが最も筋が通る」

胸が締めつけられた。

――そうだ。私が、抱き締めてしまった。

彼が死ぬと思ったから。
もう二度と目を開けないと思ったから。

あの時、必死に叫んだ。
泣きながら名を呼び、彼の手を握った。
その瞬間、心の奥に隠してきた感情が堰を切ったように溢れ出した。

私はカイが好きだ。
誰よりも、何よりも。
彼がいなければ、生きていけない。

その想いを、ようやく認めてしまった。

けれど――それが彼の未来を奪った。

カイは幼い頃から、私の影として育てられた。自分の仕事どころか、仕える相手も、なにもかもを私に捧げてきた。

でも、そんな彼にも許されていた数少ない自由がある。恋人。そして家族。家族も恋人も、彼は自分で選ぶことができるはずだった。
なのに私は、最後に残された自由すらも奪ってしまった。

「……私のせいだ」

声にならない声が喉の奥で掠れた。
好きだからこそ、傷つけた。
愛してしまったがゆえに、縛ってしまった。

唇を噛み、拳を膝の上で強く握る。
だが、父に反論する言葉は一つも出てこなかった。
涙が滲んでも、ただ黙って耐えるしかなかった。
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