「代わりはいくらでもいる」と言われたので、私は消えました。——お茶会ばかりしていた私が何をしていたのか、ご存じないようで

藤原遊

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第3章 崩壊の兆し

第10話 違和感

招待状が来ないと気づいたのは、四日ほど経ってからだった。

最初から数えて待つものではないが、春先は違う。茶会や夜会、贈り物に添えられる一筆まで、紙の出入りが増える時期だ。例年なら、朝の書状の束を見れば、何となく収まりが分かる。

その朝、アルノーは届いた書状を順に確認した。

領地からの報告、商会からの問い合わせ、軍務局からの通知。必要なものばかりだが、それだけだった。

「以上でございます」

ベルナールが言う。

「……少ないな」

「時期を考えますと、やや。例年ですと、この頃には侯爵家や子爵家からも一度は動きがございます」

アルノーは書状を机へ置いた。毎年の細かな違いを覚えているわけではない。それでも、この時期にしては足りない。

「侯爵家や子爵家からは」

「今朝の分にはございません」

「昨日は」

「商会からが中心でございました」

アルノーは机の端を指で軽く叩いた。

「たまたまだろう」

そう言って、別の書類へ手を伸ばす。

午前のあいだ、倉庫の件と贈答の一覧に目を通す。書類は増減を繰り返すが、どうにも収まりが悪い。

昼前、納入係が入ってきた。

「レヴェル商会より返答がございました」

「遅いな」

「茶葉と贈答の件、いったん保留にしたいとのことです」

「保留?」

「今年の割り振りを見直したいと。春の分は、確定できる範囲に絞るとのことです」

アルノーは顔を上げる。

「こちらとの取引を減らすのか」

「結果としては、そのようになります」

「理由は」

納入係はわずかに間を置いた。

「順番が定まらないため、先に決められる分から回すと」

アルノーは椅子に背を預けた。

「またそれか」

「申し訳ございません」

「減らされた分は他で補え」

「候補はございますが、どこも少量になります」

「構わん」

納入係が下がる。

午後、案内係が持ってきた書状も、祭礼の相談だった。

「ほかにはないのか」

「本日は以上です」

扉が閉まる。

アルノーは窓の外を見た。中庭では花鉢の入れ替えが進んでいる。色は増えているのに、どうにも落ち着かない。

そのとき、ノックが入る。

マルティナが小さな帳面を差し出した。

「奥様のお部屋にございました」

アルノーは受け取り、頁を開く。

家名と日付、それに短い書き込み。誰が早く動くか、誰は後でよいか、贈答の順番、注意点。細かいが、乱れがない。

頁をめくる手が止まる。

シュトラール子爵家――春の最初の茶会。欠席の場合、護衛や輸送の話は別で整えること。

さらに進めると、レヴェル商会の名もあった。数量より順番が重要、と短く書かれている。

「……いつもこんなものをつけていたのか」

「はい。毎年」

アルノーは帳面を閉じた。

そこに書かれているのは、大げさなことではない。だが、今引っかかっている話ばかりだった。

「なぜもっと早く出さなかった」

「奥様のお部屋のものですので」

正しい返答だった。

「……もういい。下がれ」

帳面だけが残る。

アルノーは再び頁を開く。知らない名前がいくつも並んでいる。夫人同士の付き合いと思っていたものの中に、商会や軍務に関わる者の名も混じっていた。

見ていなかっただけか。

そう思い、頁を閉じる。

夕方、ベルナールが戻る。

「ハーグレン侯爵家の件ですが、来週、小さな集まりがあるようです」

「来週?」

「例年ですと、奥様へ先にお知らせが入ることが多いかと」

アルノーは顔を上げる。

「今回は」

「まだ届いておりません」

しばらく、言葉が途切れる。

順番の問題かもしれない。明日届くのかもしれない。そう考えることはできる。

「……確認しろ」

「どのように」

「さりげなく」

ベルナールは一礼して下がった。

アルノーは机の上の帳面を見る。

茶会、贈答、護衛、商会。
それぞれは小さいが、順番が崩れると手が止まる。

夜、ようやく一通の書状が届いた。

封を見て、アルノーは手を止める。

侯爵家でも子爵家でもない。グランツ商会だった。

明日まで返答がなければ、契約は見送る――それだけの文面。

アルノーは紙を机に置く。

机の上には、エリシアの短い手紙と、小さな帳面が残っていた。

本来あるはずの紙の重みが、どこか足りないままだった。
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