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第7話|父の基準
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その夜、夫は珍しく本邸で夕食を取ると言った。
食卓につくのは当主と正妻、そして嫡子。それが本来の形だ。ルイは父の向かいに座り、姿勢を正している。まだ八歳だが、所作はすでに公爵家の後継として整えられていた。
静かな食事が始まって間もなく、扉が開いた。
「父上!」
エドガーだった。呼ばれてはいない。それでも迷いなく部屋へ入り、父のもとへ駆け寄る。侍従が戸惑い、私は視線を向ける。
「離れへ戻りなさい。母上が待っていらっしゃるでしょう」
穏やかに告げると、少年は夫を見る。
「父上と食べたい」
夫は苦笑しながら椅子を指した。
「構わないだろう。席をひとつ増やせ」
「本邸での夕食には決まりがございます」
私は淡々と続けるが、夫は軽く肩をすくめる。
「家族だ。堅苦しいことを言うな」
その一言で、線は越えられる。形式はまだ残っていても、意味は薄れる。
エドガーは嬉しそうに父の近くへ座った。ルイは視線を上げない。
夫は機嫌よく問いかける。
今日の訓練はどうだった、と。
エドガーは不満を隠さず、順番ばかりでつまらなかったと答える。夫は笑い、「元気があっていい」と頷く。そしてルイへ目を向ける。
規律は必要です、とルイは静かに言う。怪我をすれば家に迷惑がかかります、と。
正しい答えだった。
だが夫は、「真面目すぎるな」と笑う。男の子らしさも必要だ、多少荒くてもいい、競ってこそだ、と続けながら、エドガーの肩を叩く。
助言のつもりなのだろう。否定している自覚はない。
それでも、基準が露わになる。
ルイは一礼し、「承知しました」とだけ返す。表情は変わらない。父の言葉を飲み込むことに慣れている。
私は理解する。
夫が評価しているのは資質ではない。自分へ向けられる感情だ。声を上げ、懐き、分かりやすく父を慕う姿。それを「男らしい」と呼ぶ。
食事が終わるころには、席の配置が崩れていた。本来、嫡子が父の正面に座る意味は、もはや誰も意識していない。
ルイは静かに一礼し、席を辞す。その背中を、夫は特に気にも留めない。
線はまだ消えてはいない。
だが、守る意思のない者がいる。
それが、この家の基準を少しずつ変えている。
食卓につくのは当主と正妻、そして嫡子。それが本来の形だ。ルイは父の向かいに座り、姿勢を正している。まだ八歳だが、所作はすでに公爵家の後継として整えられていた。
静かな食事が始まって間もなく、扉が開いた。
「父上!」
エドガーだった。呼ばれてはいない。それでも迷いなく部屋へ入り、父のもとへ駆け寄る。侍従が戸惑い、私は視線を向ける。
「離れへ戻りなさい。母上が待っていらっしゃるでしょう」
穏やかに告げると、少年は夫を見る。
「父上と食べたい」
夫は苦笑しながら椅子を指した。
「構わないだろう。席をひとつ増やせ」
「本邸での夕食には決まりがございます」
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「家族だ。堅苦しいことを言うな」
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エドガーは嬉しそうに父の近くへ座った。ルイは視線を上げない。
夫は機嫌よく問いかける。
今日の訓練はどうだった、と。
エドガーは不満を隠さず、順番ばかりでつまらなかったと答える。夫は笑い、「元気があっていい」と頷く。そしてルイへ目を向ける。
規律は必要です、とルイは静かに言う。怪我をすれば家に迷惑がかかります、と。
正しい答えだった。
だが夫は、「真面目すぎるな」と笑う。男の子らしさも必要だ、多少荒くてもいい、競ってこそだ、と続けながら、エドガーの肩を叩く。
助言のつもりなのだろう。否定している自覚はない。
それでも、基準が露わになる。
ルイは一礼し、「承知しました」とだけ返す。表情は変わらない。父の言葉を飲み込むことに慣れている。
私は理解する。
夫が評価しているのは資質ではない。自分へ向けられる感情だ。声を上げ、懐き、分かりやすく父を慕う姿。それを「男らしい」と呼ぶ。
食事が終わるころには、席の配置が崩れていた。本来、嫡子が父の正面に座る意味は、もはや誰も意識していない。
ルイは静かに一礼し、席を辞す。その背中を、夫は特に気にも留めない。
線はまだ消えてはいない。
だが、守る意思のない者がいる。
それが、この家の基準を少しずつ変えている。
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