私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊

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第9話|侯爵家からの書状

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侯爵家からの使者は、いつも決まった時間に訪れる。

その日も、正午を少し過ぎた頃だった。

侍女が封蝋の押された書状を差し出す。家紋を見ただけで、背筋が伸びる。幼いころから見慣れた紋章だ。

私は一人で開封した。

文面は穏やかだった。領地の収穫は順調であること、春の式典への参加を楽しみにしていること、そして最後に一文。

「ルイ殿の健やかな成長を何よりの喜びと存じます。なお、約定の件につき、改めて時期のご相談を申し上げたく」

紙を持つ手がわずかに止まる。

約定。

言葉は柔らかい。だが意味は明確だ。

第二子について、だ。

私は窓辺へ歩き、庭を見下ろす。ルイが教師と並んで歩いている。背筋を伸ばし、穏やかに受け答えしている姿が遠目にも分かる。

侯爵家に男子はいない。私は一人娘として育てられた。本来なら私が継ぐ家だった。

だからこそ、公爵家との婚姻には条件があった。

第一子は公爵家の嫡子。
第二子は侯爵家へ戻す。

血と家の継続を明確にするための取り決めだった。

ルイが生まれたとき、父は「良き始まりだ」と書いてきた。半分は守られた、という意味だった。

けれど第二子の話題は、その後、夫の口から出ることはなかった。

私は書状を閉じる。

夕刻、夫が本邸に戻ったとき、食後にそれを差し出した。

「侯爵家からです」

夫は目を通し、軽く鼻を鳴らす。

「急くな、ということだ。まだ早い」

「約定の確認です」

「分かっている。だが状況を見ろ」

状況。

その言葉の意味は明白だった。

離れの存在を、私は口にしない。

「いずれ考える」

夫はそう言って書状を卓に置いた。

それで話は終わりだった。

私はその紙を回収し、静かに封を戻す。

均衡は、まだ崩れていない。

ただ、誰かが守る意思を持たなければ、崩れる。

そして今、その意思は、私だけのものになりつつあった。
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