私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊

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第10話|取り決め

侯爵家の応接間は、冬の光を受けて白く静まっていた。

私は父の右手側に座っていた。娘としてではなく、後継として。

対面には公爵。

まだ若く、整った顔立ちの男だった。視線は真っ直ぐで、隙はない。

「ご息女を迎えられること、心より光栄に思います」

丁寧な声音だった。

父は頷く。

「こちらも、公爵家との縁を軽んじるつもりはない」

そこまでは形式だ。

次の一言が、本題だった。

「だが、娘は我が家の唯一の子だ」

暖炉の火が、ぱちりと音を立てる。

公爵は黙って聞いている。

父は続けた。

「本来なら家を継ぐ立場にある。外へ出す以上、血を絶やすわけにはいかぬ」

私は視線を落とした。感情を挟む場ではない。

「生まれた子のうち、公爵家の跡継ぎとならぬ子は侯爵家に戻す」

空気が止まる。

それは要求ではない。均衡の提示だ。

侯爵家は王家の血を引く分家であり、血統は責務である。男子がいない以上、私の子が継ぐしかない。

公爵は静かに問い返した。

「跡継ぎの選定は、我が家の裁量で?」

「無論」

父は即答した。

「だが、跡継ぎ以外は侯爵家の後継とする。曖昧は許さぬ」

しばし沈黙が落ちる。

公爵は私を見る。

その視線に侮りはなかった。計算もまた、あった。

「……承知した」

ゆっくりとした肯定だった。

「文書に残そう。貴家の名誉を損なうつもりはない」

父は初めてわずかに表情を緩めた。

「均衡が保たれる限り、我らは対等だ」

その言葉で、婚姻は決まった。

私はその場で、自分が“家と家の接点”になることを理解した。

愛ではない。

責務でもない。

均衡。

やがてルイが生まれ、公爵家の嫡子と定められた。

父からの書状にはこうあった。

「半分は果たされた」

私はそれを読み、安堵した。

約束は生きている。

この婚姻は対等だと、信じていた。
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