私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊

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第11話|履行されなかった約束

その夜、夫は戻らなかった。

本邸の食堂には私とルイだけが座っている。長い卓の中央には整えられた料理が並び、給仕は必要以上の音を立てないように立ち働いている。公爵家の嫡子であるルイは、背筋を伸ばし、正しい所作で食事を進めていた。

「お父さまは離れにいらっしゃるのですか」

問いではなく、確認に近い口調だった。

「ええ。今夜はあちらで」

それ以上の言葉は交わさない。ルイも求めない。八歳の子どもにしては、理解が早すぎる。

食事を終え、私は執務室へ戻った。机の上には侯爵家からの書状が置かれている。昼過ぎに届いたものだ。封を切り、改めて目を通す。

領地の収穫は順調であること。春の式典の日程。ルイへの祝意。そして、文末に控えめに添えられた一文。

「約定の件につき、今後の見通しをお聞かせ願いたく存じます」

約定。

生まれた子のうち、公爵家の跡継ぎとならぬ子は侯爵家へ戻す。

それが両家で交わした取り決めだ。

ルイは公爵家の嫡子であり、正式な跡継ぎである。ならば、それ以外の子は侯爵家の後継となる。理屈は単純だ。

しかし第二子は生まれていない。

私は書状を畳み、机に置いたまましばらく動かなかった。

深夜になって、ようやく廊下に足音が響いた。夫が戻ってきたのだ。衣には離れの香りが残っている。

「侯爵家からです」

書状を差し出すと、夫は目を通し、軽く息を吐いた。

「急ぎすぎだ」

「約定の確認です」

「分かっている。だが今は状況が違う」

視線は合わない。

状況、という言葉の中身を問う必要はなかった。離れに住む女と、その子の存在は、隠されていない。

「いずれ整える」

夫はそう言って書状を机に戻した。

私はそれを受け取り、引き出しにしまう。

第二子は生まれていない。

侯爵家は見通しを求めている。

夫は具体的な返答をしていない。

それが、今の事実だ。

灯りを落とし、私は寝室へ戻る。離れの方角には、まだ明かりが灯っている。

それを確認したあと、カーテンを閉じた。
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