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第13話|軽い言葉
小広間の空気は、先ほどの一件を引きずったままだった。
エドガーが退出し、扉が閉まったあとも、少年たちの視線は一瞬だけ夫に向けられ、それから慌てて教本へ落ちた。教師は咳払いをひとつし、何事もなかったかのように授業を再開する。
王城での式典を想定した応対。
問いが投げられ、順に答えが返る。
ルイの番になると、空気がわずかに整う。姿勢は正しく、言葉は簡潔で、声量も適切だ。公爵家の嫡子として、求められる水準を満たしている。
教師が満足げに頷き、周囲の少年たちも安堵したように息をつく。
そのとき、夫が笑った。
「模範解答だな」
柔らかな声だった。
だが、どこか含みがある。
「教本通りで、非の打ちどころがない」
褒めているようで、少しだけ温度が低い。
ルイは動じない。
「ご指導のおかげです」
礼を崩さず答える。
夫は椅子にもたれ、腕を組んだ。
「だが、型に収まりすぎるのもどうだろうな」
教師の動きが止まる。
「先ほどのエドガーの方が、よほど臆さず動いていた」
小広間の空気が、静かに変わる。
エドガーは招かれていない。規律を守らなかった。教師の制止も聞かなかった。それでも夫は、そこを評価する。
「跡継ぎというのは、行儀の良さだけで決まるものでもあるまい」
声は軽い。
笑みさえ浮かべている。
けれど、ここにいる少年たちは皆、家の後継候補だ。跡継ぎという言葉の重さを知らない者はいない。
「家の未来は、もっと柔軟に考えるべきだ」
誰も息を吸わない。
教師は視線を落とし、少年たちは教本の文字を追うふりをする。
私はその場に立ったまま、夫を見る。
軽い調子で口にされた言葉。
だが、それを聞いた耳は多い。
「旦那さま」
声は静かに出る。
「本日は教育の時間です。家の方針については、改めて」
夫は私を見て、笑う。
「大げさだ。ただの雑談だ」
雑談。
そう言えば、場は保たれる。
夫はそう考えている。
授業は続けられ、少年たちは再び順番に答える。だが、先ほどまでの落ち着きは戻らない。言葉は慎重になり、視線は必要以上に伏せられる。
ルイは席に戻り、何事もなかったかのように教本を開く。
顔色は変わらない。
それでも私は知っている。
今日この場で、確かに比較はなされた。
公爵家の嫡子と、そうでない子が。
しかも当主の口から。
私は何も言わない。
言葉を重ねれば、さらに形を与えてしまう。
ただ、事実だけを受け取る。
この小広間は私的な場だ。
だが、閉じた場ではない。
それを、私は理解している。
エドガーが退出し、扉が閉まったあとも、少年たちの視線は一瞬だけ夫に向けられ、それから慌てて教本へ落ちた。教師は咳払いをひとつし、何事もなかったかのように授業を再開する。
王城での式典を想定した応対。
問いが投げられ、順に答えが返る。
ルイの番になると、空気がわずかに整う。姿勢は正しく、言葉は簡潔で、声量も適切だ。公爵家の嫡子として、求められる水準を満たしている。
教師が満足げに頷き、周囲の少年たちも安堵したように息をつく。
そのとき、夫が笑った。
「模範解答だな」
柔らかな声だった。
だが、どこか含みがある。
「教本通りで、非の打ちどころがない」
褒めているようで、少しだけ温度が低い。
ルイは動じない。
「ご指導のおかげです」
礼を崩さず答える。
夫は椅子にもたれ、腕を組んだ。
「だが、型に収まりすぎるのもどうだろうな」
教師の動きが止まる。
「先ほどのエドガーの方が、よほど臆さず動いていた」
小広間の空気が、静かに変わる。
エドガーは招かれていない。規律を守らなかった。教師の制止も聞かなかった。それでも夫は、そこを評価する。
「跡継ぎというのは、行儀の良さだけで決まるものでもあるまい」
声は軽い。
笑みさえ浮かべている。
けれど、ここにいる少年たちは皆、家の後継候補だ。跡継ぎという言葉の重さを知らない者はいない。
「家の未来は、もっと柔軟に考えるべきだ」
誰も息を吸わない。
教師は視線を落とし、少年たちは教本の文字を追うふりをする。
私はその場に立ったまま、夫を見る。
軽い調子で口にされた言葉。
だが、それを聞いた耳は多い。
「旦那さま」
声は静かに出る。
「本日は教育の時間です。家の方針については、改めて」
夫は私を見て、笑う。
「大げさだ。ただの雑談だ」
雑談。
そう言えば、場は保たれる。
夫はそう考えている。
授業は続けられ、少年たちは再び順番に答える。だが、先ほどまでの落ち着きは戻らない。言葉は慎重になり、視線は必要以上に伏せられる。
ルイは席に戻り、何事もなかったかのように教本を開く。
顔色は変わらない。
それでも私は知っている。
今日この場で、確かに比較はなされた。
公爵家の嫡子と、そうでない子が。
しかも当主の口から。
私は何も言わない。
言葉を重ねれば、さらに形を与えてしまう。
ただ、事実だけを受け取る。
この小広間は私的な場だ。
だが、閉じた場ではない。
それを、私は理解している。
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