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第21話|分かっていない夫
翌朝、夫は何事もなかったかのように朝食の席に現れた。本邸の長卓には磨かれた銀器が並び、整然とした料理が湯気を立てている。いつもと変わらぬ光景だ。ただ一つ違うのは、空気だけだった。
ルイは静かに席につき、いつも通りの所作でナイフを取る。私は向かいに座り、給仕に目配せをする。誰も余計な音を立てない。
やがて夫が口を開いた。
「昨日の話だが」
私は視線を上げる。
「感情的になりすぎだ」
ルイの手が、ほんのわずかに止まった。
夫は続ける。
「愛人の子を本邸に入れたのは教育のためだ。比較のつもりはない。後継を選び直すと決めたわけでもない」
私は問い返さない。ただ静かに聞く。
夫は、自分の中で理屈を整えているのだ。
「侯爵家へ戻るなど大袈裟だ。世間体もある」
「世間体は守ります」
穏やかに返す。
「慰謝料も持参金も置いて参ります。体面は傷つけません」
夫は苛立ちを隠さない。
「そういう問題ではない。ルイの立場は守ると言っている」
私はまっすぐに見る。
「“守る”とは、どうなさることですか」
言葉が詰まる。
「嫡子として扱う」
「既に比較対象が同じ屋根の下におります」
夫の眉が動く。
「教育のためだと言ったはずだ」
「教育を本邸で行う必要はございません」
声は静かだが、揺れない。
「離れで十分です。食卓に同席させ、教育係をつけ、将来の居室まで整えておいて、それでも“比較ではない”と仰いますか」
沈黙が落ちる。
ルイは皿に視線を落としたままだ。
夫は話題を逸らすように言う。
「ルイ、お前はどう思う」
私は即座に遮らない。ただ、ルイが口を開く前に言葉を添える。
「子に選ばせる話ではございません」
夫が不満そうにこちらを見る。
「当人だ」
「当主の責任です」
視線を逸らさない。
「嫡子が父の揺らぎを埋める役を担うべきではありません」
夫は深く息を吐く。
「お前は極端だ」
「私は一貫しております」
静かな否定。
そこでルイが顔を上げた。
「父上」
声は落ち着いている。
「私は母上と同意見です」
夫の目がわずかに見開かれる。
「私は公爵家の嫡子であると同時に、侯爵家の血も引いております。祖父上の家を継ぐことは、逃げではありません」
淡々とした言葉だった。感情の色はない。
「私は、公に揺らぐ立場に立ちたくありません」
空気が凍る。
夫は椅子に深くもたれかかる。
「公爵家を軽んじているのか」
「いいえ」
ルイは静かに首を振る。
「軽んじられる可能性を残したくないだけです」
その言葉に、夫は何も返せなかった。
これは反抗ではない。反論でもない。信頼の問題だ。
一度“選び直す”と口にした以上、その可能性は消えない。
夫はようやく言う。
「時間をくれ」
私はゆっくりと答える。
「お時間は既にございました」
それ以上は言わない。
夫は立ち上がり、言葉を探すように一瞬立ち尽くし、そのまま席を離れた。扉が閉まる。
長卓に残るのは、静かな食器の音だけ。
ルイがこちらを見る。
「母上」
私は微笑む。
「大丈夫よ」
迷いはない。
夫はまだ“説得できる話”だと思っている。
だがこれは、決定だ。
理解が追いつくのは、もっと後になる。
ルイは静かに席につき、いつも通りの所作でナイフを取る。私は向かいに座り、給仕に目配せをする。誰も余計な音を立てない。
やがて夫が口を開いた。
「昨日の話だが」
私は視線を上げる。
「感情的になりすぎだ」
ルイの手が、ほんのわずかに止まった。
夫は続ける。
「愛人の子を本邸に入れたのは教育のためだ。比較のつもりはない。後継を選び直すと決めたわけでもない」
私は問い返さない。ただ静かに聞く。
夫は、自分の中で理屈を整えているのだ。
「侯爵家へ戻るなど大袈裟だ。世間体もある」
「世間体は守ります」
穏やかに返す。
「慰謝料も持参金も置いて参ります。体面は傷つけません」
夫は苛立ちを隠さない。
「そういう問題ではない。ルイの立場は守ると言っている」
私はまっすぐに見る。
「“守る”とは、どうなさることですか」
言葉が詰まる。
「嫡子として扱う」
「既に比較対象が同じ屋根の下におります」
夫の眉が動く。
「教育のためだと言ったはずだ」
「教育を本邸で行う必要はございません」
声は静かだが、揺れない。
「離れで十分です。食卓に同席させ、教育係をつけ、将来の居室まで整えておいて、それでも“比較ではない”と仰いますか」
沈黙が落ちる。
ルイは皿に視線を落としたままだ。
夫は話題を逸らすように言う。
「ルイ、お前はどう思う」
私は即座に遮らない。ただ、ルイが口を開く前に言葉を添える。
「子に選ばせる話ではございません」
夫が不満そうにこちらを見る。
「当人だ」
「当主の責任です」
視線を逸らさない。
「嫡子が父の揺らぎを埋める役を担うべきではありません」
夫は深く息を吐く。
「お前は極端だ」
「私は一貫しております」
静かな否定。
そこでルイが顔を上げた。
「父上」
声は落ち着いている。
「私は母上と同意見です」
夫の目がわずかに見開かれる。
「私は公爵家の嫡子であると同時に、侯爵家の血も引いております。祖父上の家を継ぐことは、逃げではありません」
淡々とした言葉だった。感情の色はない。
「私は、公に揺らぐ立場に立ちたくありません」
空気が凍る。
夫は椅子に深くもたれかかる。
「公爵家を軽んじているのか」
「いいえ」
ルイは静かに首を振る。
「軽んじられる可能性を残したくないだけです」
その言葉に、夫は何も返せなかった。
これは反抗ではない。反論でもない。信頼の問題だ。
一度“選び直す”と口にした以上、その可能性は消えない。
夫はようやく言う。
「時間をくれ」
私はゆっくりと答える。
「お時間は既にございました」
それ以上は言わない。
夫は立ち上がり、言葉を探すように一瞬立ち尽くし、そのまま席を離れた。扉が閉まる。
長卓に残るのは、静かな食器の音だけ。
ルイがこちらを見る。
「母上」
私は微笑む。
「大丈夫よ」
迷いはない。
夫はまだ“説得できる話”だと思っている。
だがこれは、決定だ。
理解が追いつくのは、もっと後になる。
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