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第25話|後悔しているようですが
侯爵家に戻って半年が過ぎたころ、いくつかの噂が静かに耳へ届くようになった。
公爵家では、愛人が本邸入りを拒んだらしい。
理由は明白だ。公爵の愛人は男爵の愛人の娘、平民出である。社交界で名を連ねる立場ではないし、公爵家の奥向きを預かるなど到底無理だと、本人も、その背後にいる男爵も強く辞退したという。
「身の程を弁えた判断だ」
前侯爵——父はそう言った。
「だがな」
静かに茶を置く。
「家を揺らしたのは、公爵だ」
それ以上は語らない。
本邸に残ったのは、結局エドガーだけだと聞く。教育係がつき、礼儀作法の訓練が始まったらしい。だが、乱暴で横柄という最初の印象は、簡単には消えない。
貴族社会では、才能より先に信用が問われる。
侯爵家は、迷わなかった。
父は位を私に譲り、王宮への届け出も滞りなく済ませた。契約も血統も整っている。公的に確定した以上、公爵家が口を挟む余地はない。
「家は早く固めた方がよい」
父はそれだけ言って、執務を退いた。
私は侯爵となり、ルイは次期侯爵として公に立つ。
その変化は、社交の場で如実に現れた。
春の夜会。
王子殿下も出席される大きな席で、ルイは自然にその隣に立っていた。
「先日の議論、見事でした」
伯爵がそう声をかける。
「まだ学びの途中でございます」
落ち着いた返答に、周囲が頷く。
「王家の血を感じさせますな」
「侯爵家は安泰だ」
賛辞は隠されない。
やがて、扇で口元を隠した夫人が柔らかく言った。
「それにしても、公爵閣下も不思議な采配をなさいましたこと」
空気がわずかに静まる。
「これほどのご子息を……」
言葉はそこで止まる。
私は微笑を崩さない。
「公爵閣下には、公爵閣下のお考えがあったのでしょう」
それ以上は言わない。
その後の話題は自然と侯爵家の今後へと移り、公爵家の名は誰も口にしなかった。
それで十分だった。
数日後、公爵から書状が届く。
封を見ただけで差出人はわかる。半年のあいだに何度か届いていた。
文面はいつも似ている。ルイの近況を気遣う言葉。侯爵家との関係を大切にしたいという表現。そして、どこか歯切れの悪い謝意。
私は封書を机の端に置いた。
窓の外では、庭の木々が静かに揺れている。
王宮から戻ったルイが、今日の謁見について楽しそうに語っていた。
「王子殿下が、次は狩猟に同行せよと」
その声は、落ち着いている。
揺らがぬ家に立つ子の声だ。
私は机の上の封書を一瞥する。
後悔しているのかもしれない。
けれど。
私はもう、公爵夫人ではない。
侯爵であり、ルイの母であり、揺らがぬ家の当主だ。
封を切る必要はない。
後悔しているようですが、知りません。
それが、私の答えだ。
公爵家では、愛人が本邸入りを拒んだらしい。
理由は明白だ。公爵の愛人は男爵の愛人の娘、平民出である。社交界で名を連ねる立場ではないし、公爵家の奥向きを預かるなど到底無理だと、本人も、その背後にいる男爵も強く辞退したという。
「身の程を弁えた判断だ」
前侯爵——父はそう言った。
「だがな」
静かに茶を置く。
「家を揺らしたのは、公爵だ」
それ以上は語らない。
本邸に残ったのは、結局エドガーだけだと聞く。教育係がつき、礼儀作法の訓練が始まったらしい。だが、乱暴で横柄という最初の印象は、簡単には消えない。
貴族社会では、才能より先に信用が問われる。
侯爵家は、迷わなかった。
父は位を私に譲り、王宮への届け出も滞りなく済ませた。契約も血統も整っている。公的に確定した以上、公爵家が口を挟む余地はない。
「家は早く固めた方がよい」
父はそれだけ言って、執務を退いた。
私は侯爵となり、ルイは次期侯爵として公に立つ。
その変化は、社交の場で如実に現れた。
春の夜会。
王子殿下も出席される大きな席で、ルイは自然にその隣に立っていた。
「先日の議論、見事でした」
伯爵がそう声をかける。
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落ち着いた返答に、周囲が頷く。
「王家の血を感じさせますな」
「侯爵家は安泰だ」
賛辞は隠されない。
やがて、扇で口元を隠した夫人が柔らかく言った。
「それにしても、公爵閣下も不思議な采配をなさいましたこと」
空気がわずかに静まる。
「これほどのご子息を……」
言葉はそこで止まる。
私は微笑を崩さない。
「公爵閣下には、公爵閣下のお考えがあったのでしょう」
それ以上は言わない。
その後の話題は自然と侯爵家の今後へと移り、公爵家の名は誰も口にしなかった。
それで十分だった。
数日後、公爵から書状が届く。
封を見ただけで差出人はわかる。半年のあいだに何度か届いていた。
文面はいつも似ている。ルイの近況を気遣う言葉。侯爵家との関係を大切にしたいという表現。そして、どこか歯切れの悪い謝意。
私は封書を机の端に置いた。
窓の外では、庭の木々が静かに揺れている。
王宮から戻ったルイが、今日の謁見について楽しそうに語っていた。
「王子殿下が、次は狩猟に同行せよと」
その声は、落ち着いている。
揺らがぬ家に立つ子の声だ。
私は机の上の封書を一瞥する。
後悔しているのかもしれない。
けれど。
私はもう、公爵夫人ではない。
侯爵であり、ルイの母であり、揺らがぬ家の当主だ。
封を切る必要はない。
後悔しているようですが、知りません。
それが、私の答えだ。
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