あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません

藤原遊

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第8話 考え方

翌日、リーシェはアルベルトに呼ばれた。
場所は、屋敷の奥にある小さな応接室だった。人払いがされ、二人きりになる。

この部屋で話をするのは、久しぶりだった。
以前は、些細な相談や予定の確認で、よくここに呼ばれていたはずなのに。

アルベルトは椅子に腰掛けると、軽く咳払いをした。
昨夜の件を、改めて整理しようとしているのだろう。帰りの話だけで終えようとしていないところが余計に怪しかった。

「昨日は……少し配慮が足りなかったと思っている」

リーシェは何も言わず、ただ頷いた。
もう責めるつもりも、説明を求めるつもりもなかった。

「ただ、誤解はしてほしくない」

アルベルトは、どこか慎重な口調で続ける。

「君を軽んじたわけじゃない。状況を考えた上での判断だった」

その言葉に、リーシェの胸は静かに沈んだ。
状況。判断。
どれも、これまで何度も聞いてきた言葉だ。

「私は――」

アルベルトは一瞬言葉を切り、リーシェを見た。

「君なら分かってくれると思っていた」

分かってくれる。
その言葉は、これまで彼女を縛ってきたものだった。

分かる側でいること。
受け止める側でいること。
波風を立てない存在でいること。

それらすべてが、彼女にとって「婚約者であること」だと思っていた。

けれど、今は違う。

――分かってくれる、という前提で選ばれないのなら。

それはもう、選ばれていないのと同じだ。

「……そうですね」

リーシェは、ゆっくりと口を開いた。
声は落ち着いていて、自分でも驚くほどだった。

「私は、分かってきました」

アルベルトは安堵したように息をつく。

「そうだろう。君は賢いし――」

「いいえ」

その言葉を、リーシェは静かに遮った。

アルベルトが目を見開く。

「分かってきたのは、あなたの考え方です」

リーシェは視線を逸らさず、続ける。

「あなたは、私が理解することを前提に選択をしてきた。私がどう感じるかではなく、理解できるかどうかを基準に」

部屋に、重たい沈黙が落ちた。

アルベルトはすぐに言い返さなかった。
反論する言葉が見つからない、というより、その必要を感じていないようにも見えた。

「だが、それは信頼しているからで――」

「信頼と、選択は違います」

リーシェは、はっきりと言った。

自分でも驚くほど、迷いはなかった。

「私は、あなたの判断を支えてきました。でも、その中で一度でも、私を選ぶという選択がありましたか?」

問いかけは穏やかだった。
責める調子ではない。

それがかえって、逃げ道を塞いでいた。

アルベルトは言葉を失い、視線を落とす。

「……君は、少し考えすぎだ」

その一言で、リーシェはすべてを理解した。

考えすぎ。
また、その言葉だ。

「いいえ」

リーシェは小さく首を振る。

「私は、ようやく考えるようになっただけです」

立ち上がり、軽く一礼する。

「これ以上、この話を続ける必要はありません」

アルベルトが何か言いかけたが、リーシェは振り返らなかった。

部屋を出た瞬間、胸の奥にあった重さが、すっと薄れる。
完全に消えたわけではない。けれど、もう形を変えていた。

悲しみではない。
諦めでもない。

――理解だ。

「君なら分かってくれると思っていた」

その言葉が、
彼女にとって最後の答えを決めるキッカケになった。
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