愛を選んだ夫と離縁しました。本物の聖女である私は娘と南国で暮らします

藤原遊

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第7話「拍手と沈黙」

王都中央広場には、朝から人が集まっていた。

石造りの噴水を囲むように市民が立ち並び、二階の回廊からは貴族たちが見下ろしている。空は晴れ、結界の光が昼の陽射しに溶けて、かすかに揺れていた。

高壇に立つセドリックは、その光を背に受ける。

「皆に伝えたいことがある」

よく通る声が広場を満たす。

「我が国は、長く“血”に縛られてきた」

ざわめきが止む。

「だが女神は、血ではなく、愛によって世界を結んだ。聖女とは、その愛に応える者であるべきだ」

前列の若者が強くうなずく。
どこからか拍手が起こり、それが波のように広がった。

「信じる者は救われる」

歓声が重なる。

熱は確かにある。
変わることを望む者たちの期待が、壇上へと向けられていた。

だが、その拍手の隙間に、低い声が混じる。

「……愛人だろ」

すぐそばで囁かれる。

「聖女の家系を退けて、男爵家の娘か」

「王太子殿下も、そこまでなさるとはな」

「愛、ね」

笑うでもなく、怒鳴るでもない。
ただ冷えた声。

壇上の少し後ろに立つカミラの指先が、わずかに白くなる。

聞こえないはずがない距離だった。

彼女は夜の礼拝堂で祈り続けてきた。灯りが落ちても残り、声が枯れてもやめなかった。選ばれたいと願ったのではない。応えたいと願っただけだ。

それでも。

民衆の目には、男爵家の娘。
そして王太子の“愛人”。

その順番で見られている。

セドリックは続ける。

「恐れるな。新しい時代は必ず来る」

再び拍手が強まる。
若い職人や、古い制度に不満を抱く者たちが声を上げる。

一方で、腕を組んだまま動かない商人もいる。
視線を落とし、静かに広場を離れる老夫婦もいる。

熱と沈黙が、はっきりと分かれていた。

演説が終わると、花びらが舞う。

「新しい聖女様に祝福を!」

高い声が重なる。

その足元で、低い声が交わされる。

「……結界は本当に持つのか?」

「商隊の戻りが遅れてるらしいぞ」

「前の聖女様のときは、こんな話は出なかった」

怒号にはならない。
だが、不安は確かにある。

カミラは一瞬だけ視線を横へやる。

誰かの目と合う。
責める色ではない。ただ、確かめるような目だ。

自分は応えられているのか。

祈りは、届いているのか。

胸の奥が、わずかに重くなる。

それでも顔を上げる。

選んだのは自分だ。

疑うより先に、祈る。

高壇を下りると、侍従が近づいた。

「殿下、商人組合より要望書が届いております」

「後で読む。今日は祝福の日だ」

セドリックは迷いなく言い切る。

「移行期に不安はつきものだ。恐れは愛を曇らせる」

馬車へ向かう途中、市場の前を通る。

「また値が上がるのか」

「護衛が足りんらしい」

「結界は大丈夫なのか?」

声は抑えられている。だが、数は少なくない。

セドリックはわずかに眉を寄せる。

「すぐに落ち着く」

自らに言い聞かせるように。

馬車は王宮の門をくぐる。

広場ではまだ拍手が続いている。

だが門の内側に入ったとき、その音は思いのほか遠かった。
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