愛を選んだ夫と離縁しました。本物の聖女である私は娘と南国で暮らします

藤原遊

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第11話「父と子」

呼び出されたのは、謁見の間ではなく、王の執務室だった。

壁には地図と結界の記録板が掛けられ、余計な装飾はない。王は机の前に立ったまま、椅子には腰掛けていなかった。

扉が開き、セドリックが入室する。

「お呼びですか、父上」

王は応じないまま、しばらく息子を見ていた。そこにあるのは怒りではなく、観察だった。

「何を根拠に、カミラを聖女とした」

ようやく発せられた問いは、低く、まっすぐだった。

セドリックは迷わない。

「祈りが届いたからです。女神は応えた。光は現れた。それが証です」

王はゆっくりと机上の記録石を指で押さえる。

「光は現れた。だが波形は落ちている」

記録板に映る数値は、目を凝らさなければ気づかないほどの揺れを示していた。

「移行期です。制度を変えたばかりなのですから」

「制度を変えたのではない」

王の視線が静かに上がる。

「外したのだ」

その言葉に、セドリックの表情がわずかに硬くなる。

「父上は血統に縛られすぎている。聖女は血で決まるものではない。愛こそが選びの基準であるべきだ」

王は否定もしなければ、声を荒げもしない。

「愛を否定しているのではない」

そう前置きしたうえで続ける。

「私は管理を問うている」

部屋の空気が静かに張り詰める。

「お前は祈りを見ている。私は結界を見ている。祈りが尊いことは認める。しかし結界は、尊さでは維持できぬ」

セドリックは一歩踏み出した。

「カミラは選ばれている」

「誰に」

「女神に」

王は即座に切り返す。

「それを、どう示す」

沈黙が落ちた。

「愛しているから、では根拠にならぬ」

その言葉は冷たいが、嘲りはない。ただ事実として置かれている。

王は机上の一冊を指先で押した。

「初代王妃の手記だ。彼女は聖女だった。そして制度を作った」

セドリックは目を落とすが、触れようとはしない。

「彼女は、自らが強い聖女であることを知っていた。だからこそ形に落とした。なぜだと思う」

「……後継のためでしょう」

「違う」

王は静かに首を振る。

「自分の力に依存しない国を作るためだ。特別な者ひとりに委ねれば、その者が揺れたとき、国も揺れる」

セドリックの声に熱が混じる。

「父上は、愛を信じていない」

「信じている」

王は即座に答える。

「だが、愛は測れぬ」

その一言に、室内の温度が下がる。

「測れぬものに、国の柱を委ねるわけにはいかぬ。数値、持続、再現。それが示されれば、私は認める」

そこまで言って、王はわずかに言葉を止めた。

「私は、お前が誤っていると決めつけたいのではない」

声が、ほんの少しだけ低くなる。

「正しいのなら、それでよい」

その瞬間だけ、王ではなく父の気配が滲んだ。

だが次の言葉は、再び王のものだった。

「だが証明できぬなら、戻す」

セドリックは唇を噛み、そして顔を上げる。

「会議で決めましょう。愛が制度に勝ることを、示してみせる」

王は肯定もしなければ、制止もしない。

「準備しろ」

それだけを告げる。

セドリックは一礼し、扉へ向かう。足取りは迷っていない。

扉が閉じると、室内には静寂だけが残った。

王はゆっくりと記録板へ視線を向ける。波形は小さく揺れている。

「……誤っていてほしくない」

その呟きは、誰に向けたものでもなかった。

だが次の瞬間、王の表情は完全に戻る。

判断の時は、近い。
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