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第14話「権限停止」
貴族会議が終わったあと、城内は妙に静かだった。
誰も大きな声で話さない。
廊下を歩く足音も、いつもより控えめに聞こえる。
結果はすでに広がっていた。
制度変更は否決。
王太子の主張は、貴族会議に受け入れられなかった。
だが、それだけでは終わらないことも、皆わかっていた。
王の裁定が残っている。
その日の午後、王城の中庭に面した大広間へ、廷臣たちが集められた。
貴族、宮廷官僚、魔導士団、神殿の高位神官。正式な会議ではないが、公的な場であることは明らかだった。
中央の壇に王が立つ。
その横に王妃。
少し離れた場所にセドリックが立っていた。
彼はまっすぐ前を向いている。
顔には、疲れも迷いも見えない。
王は紙を開いた。
声は低く、はっきりしている。
「貴族会議の採決を受け、王家としての判断を示す」
広間が静まる。
「聖女制度変更の提案は、現時点では認められない」
それは、すでに決まっていることだった。
だが王はそこで言葉を切らない。
視線を上げる。
「加えて、王太子セドリックの権限を一時停止する」
空気がわずかに揺れた。
完全な剥奪ではない。
しかし王太子としての政治判断、軍事命令、行政決裁。そのすべてが、王の許可なしでは行えなくなる。
事実上の凍結だった。
王は続ける。
「これは罰ではない」
広間の誰かが小さく息を飲む。
「制度と国政を切り離すための措置である」
言葉は静かだったが、重かった。
王は紙を閉じる。
「以上だ」
それだけだった。
長い説明も、叱責もない。
ただ、決定だけが示された。
廷臣たちは互いの顔を見ない。
沈黙のまま頭を下げ、ゆっくりと広間を出ていく。
やがて人の気配が薄くなり、広間には王家の者だけが残った。
セドリックはその場から動かなかった。
「父上」
静かな声だった。
王は振り返らない。
「恐れが国を縛るのです」
セドリックは続ける。
「人は慣れた仕組みにしがみつく。血で決められた聖女という制度も、その一つでしょう」
王は何も答えない。
セドリックは少しだけ笑った。
「ですが、いずれ変わります。愛を否定する制度は、長くは続かない」
その言葉は、誰かを説得するためではない。
自分の信じる世界を、そのまま言葉にしているだけだった。
王はようやく振り返る。
しばらく息子を見つめてから、ただ一言だけ言った。
「……そうか」
それ以上は何も言わない。
王は広間を出ていった。
重い扉が閉まる。
残されたのは、セドリックとカミラだった。
カミラは少し離れた場所に立っていたが、先ほどから一歩も動いていない。
顔色はわずかに青い。
やがて、彼女は小さく口を開いた。
「……あなたは」
言葉が続かない。
セドリックが振り向く。
カミラは目を伏せた。
「あなたは、私を責めないのですか」
かすれた声だった。
「私のせいで……」
言い切る前に、セドリックは首を振る。
「違う」
迷いのない声だった。
「恐れが国を縛っているだけだ」
彼は歩み寄る。
「君は何も間違っていない」
カミラは顔を上げる。
「……本当に?」
セドリックは頷いた。
「君がいる」
それだけ言う。
「それで十分だ」
広間の窓の外では、夕暮れの光が城壁を染めていた。
誰も大きな声で話さない。
廊下を歩く足音も、いつもより控えめに聞こえる。
結果はすでに広がっていた。
制度変更は否決。
王太子の主張は、貴族会議に受け入れられなかった。
だが、それだけでは終わらないことも、皆わかっていた。
王の裁定が残っている。
その日の午後、王城の中庭に面した大広間へ、廷臣たちが集められた。
貴族、宮廷官僚、魔導士団、神殿の高位神官。正式な会議ではないが、公的な場であることは明らかだった。
中央の壇に王が立つ。
その横に王妃。
少し離れた場所にセドリックが立っていた。
彼はまっすぐ前を向いている。
顔には、疲れも迷いも見えない。
王は紙を開いた。
声は低く、はっきりしている。
「貴族会議の採決を受け、王家としての判断を示す」
広間が静まる。
「聖女制度変更の提案は、現時点では認められない」
それは、すでに決まっていることだった。
だが王はそこで言葉を切らない。
視線を上げる。
「加えて、王太子セドリックの権限を一時停止する」
空気がわずかに揺れた。
完全な剥奪ではない。
しかし王太子としての政治判断、軍事命令、行政決裁。そのすべてが、王の許可なしでは行えなくなる。
事実上の凍結だった。
王は続ける。
「これは罰ではない」
広間の誰かが小さく息を飲む。
「制度と国政を切り離すための措置である」
言葉は静かだったが、重かった。
王は紙を閉じる。
「以上だ」
それだけだった。
長い説明も、叱責もない。
ただ、決定だけが示された。
廷臣たちは互いの顔を見ない。
沈黙のまま頭を下げ、ゆっくりと広間を出ていく。
やがて人の気配が薄くなり、広間には王家の者だけが残った。
セドリックはその場から動かなかった。
「父上」
静かな声だった。
王は振り返らない。
「恐れが国を縛るのです」
セドリックは続ける。
「人は慣れた仕組みにしがみつく。血で決められた聖女という制度も、その一つでしょう」
王は何も答えない。
セドリックは少しだけ笑った。
「ですが、いずれ変わります。愛を否定する制度は、長くは続かない」
その言葉は、誰かを説得するためではない。
自分の信じる世界を、そのまま言葉にしているだけだった。
王はようやく振り返る。
しばらく息子を見つめてから、ただ一言だけ言った。
「……そうか」
それ以上は何も言わない。
王は広間を出ていった。
重い扉が閉まる。
残されたのは、セドリックとカミラだった。
カミラは少し離れた場所に立っていたが、先ほどから一歩も動いていない。
顔色はわずかに青い。
やがて、彼女は小さく口を開いた。
「……あなたは」
言葉が続かない。
セドリックが振り向く。
カミラは目を伏せた。
「あなたは、私を責めないのですか」
かすれた声だった。
「私のせいで……」
言い切る前に、セドリックは首を振る。
「違う」
迷いのない声だった。
「恐れが国を縛っているだけだ」
彼は歩み寄る。
「君は何も間違っていない」
カミラは顔を上げる。
「……本当に?」
セドリックは頷いた。
「君がいる」
それだけ言う。
「それで十分だ」
広間の窓の外では、夕暮れの光が城壁を染めていた。
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