十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】

藤原遊

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(イザーク視点)

『揺らいだ背中と、殿下の沈黙』

白薔薇の庭は、風の音ひとつまで計算された静けさに包まれていた。

私は控えの位置から、ガゼボの一角をじっと見守っていた。
用意された紅茶の香り、揺れるカーテンの陰――
そして、その中央に立つ、主の後ろ姿。

「……殿下、お戻りですか?」

声をかけたのは、アシュレイがようやく一歩を踏み出したときだった。
返事はなく、ただ歩みを進める気配だけがあった。

いつもなら、軽く肩をすくめるか、冗談めかした一言が返るはずだった。
だが今日は、なぜか――それがなかった。

(沈黙、ですか……珍しい)

ふと、彼の手が指先で紅茶のカップをなぞった。
すでに冷めきっているそれに、何の意味があるのか。
けれど、その仕草には何か、答えを探すような切実さがにじんでいた。

「イザーク」

「は」

「……エルセリア嬢を、どう思う?」

その問いに、私は瞬きひとつで返した。

「存じ上げていることは少なくございます。が、殿下がここまでご関心を示されたのは、初めてかと」

「……そうか」

アシュレイはそれきり、黙り込んだ。

だが私は気づいていた。
彼の視線が、どれほど深く、エルセリアという少女の奥に手を伸ばしていたかを。

他の令嬢たちには決して向けなかった色を、
殿下は彼女にだけ、確かに向けていた。

「……あの眼差し、気になるんだ」

ぽつりと漏らすような言葉だった。

「彼女は……誰も見ていないものを、見ている気がした。
それが何なのか、わからない。……わからないままなのに、知りたくてたまらない」

まるで、何かを失う前に縋りたがる者のように。

私は目を伏せた。
この殿下が“惹かれる”ということは、同時に“執着する”ということでもある。

それは時に、政治よりも、戦略よりも――遥かに厄介なものを呼び込む。

「殿下」

「何だ?」

「……惹かれた理由がわからぬ相手ほど、危ういものはございません」

アシュレイは微笑した。
けれどそれは、納得の微笑ではなかった。

「わかっている。けれど、もう目を逸らせない」

その言葉に、私は静かに頭を下げた。

風がまたひとつ、庭を抜けた。
白薔薇が揺れるたび、そこにいない令嬢の影が――
なお、主の心に色濃く残っていた。
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