魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

13章 賢者の塔

②

賢者の塔へ向かう道中、アリアとイアンは人里を離れた広い草原で野営することにした。日は沈み、辺りは月明かりに照らされている。草むらからは虫の音が響き、静かで穏やかな夜が広がっていた。

アリアは焚き火を見つめながら、剣を膝の上に置いている。

「今日はやけに静かだね。たまにはこういう夜も悪くないけどさ。」

「確かに、敵の気配もないようだ。このまま朝まで静かであればいいが。」

イアンが焚き火に鍋をかけながら答える。その手際は慣れており、少しずつ香ばしい匂いが漂い始めた。

「えっ、それ……イアンが作ってるの？」

アリアが驚いた表情で鍋を指差す。

「そうだが？」

「なんか意外！イアンって料理とかやらなそうに見えるのに。」

「一人で旅をしている以上、最低限の料理はできなければ生き延びられない。」

イアンが静かに言いながら、鍋の中をかき混ぜる。その中には、途中の市場で買った乾燥肉と野菜、そして旅中に採ったハーブが入っている。

「へえ～、なんだか本格的じゃん。私はいつも適当に焼いたりするだけだよ。」

「知っている。君らしい料理だ」

「どういう意味！」

アリアが軽く頬を膨らませるが、イアンは微かに笑みを浮かべるだけで答えない。

香りがさらに広がり、アリアの腹が小さく鳴った。

「うわ……めっちゃいい匂いしてきた。」

「もう少しでできる。待っていろ。」

イアンは慎重に味を確かめ、小皿に少量を取り分ける。

「はい、これを食べてみてくれ。」

「えっ、いいの？じゃあ遠慮なく！」

アリアはスプーンを受け取り、スープを口に運んだ。次の瞬間、彼女の表情が一気に明るくなる。

「うまっ！なにこれ、イアン、めっちゃ料理上手じゃん！」

「普通のスープだ。それほど褒めるものではない。」

「いやいや、こんなの私絶対作れないよ。これはもう冒険の必須スキルだね！」

アリアが感動しながらスープを飲み干す様子に、イアンは少しだけ照れたように視線をそらした。

スープを飲み終えた後、アリアは焚き火を見つめながらぽつりと呟いた。

「なんか、こうして野営するのも久しぶりだな……一人じゃなくてさ。」

「普段はソロで活動していたと言っていたな。」

「うん。誰かと一緒にいるのって苦手だと思ってたけど、イアンと一緒だとなんか自然なんだよね。」

「それは君が無邪気で、人を警戒しない性格だからだろう。」

イアンが静かに言うと、アリアは少しだけ頬を赤らめながら笑った。

「そうかな？でも、イアンが真面目で面倒見がいいからだと思うけどね。」

「そうかもしれないな。」
イアンはスープを飲みながら小さく頷いた。

しばらくの静寂の後、アリアがぽつりと呟いた。

「そういえばさ、イアン。ずっと一人で旅してたって言ってたけど、寂しいとか思わなかった？」

「……正直に言えば、考えたことはない。自分の呪いのことを知る者がいれば、共にいることは危険だ。それが当然だと思っていた。」

「……そっか。」

アリアは少しだけ黙ったが、すぐに笑顔を見せた。

「でも、今は違うよね。ほら、私がいるじゃん！」

「君は……特別だ。」

イアンの低い声に、アリアは目を丸くした。

「えっ？」

「君は呪いに触れても凍らない。そして、私の力が共鳴しても、なお私のそばにいる。それがどういう意味か、私自身にもまだ分からないが……。」

イアンは焚き火の向こうに視線を落とし、静かに続けた。

「今は君と共にいることが、かつてないほど自然に感じる。」

アリアはその言葉に少し照れながらも、嬉しそうに笑った。

「それならよかった！私も、イアンと一緒にいるのが楽しいよ。」

その後、二人は再び静かに星空を見上げた。

月明かりに照らされた野営地は、穏やかな空気に包まれている。

「明日からもよろしくね、イアン。」
アリアがそう言いながら眠る準備を始めると、イアンは小さく頷いた。

「当然だ。共に旅を続けよう。」