魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

29章 王都召喚命令

③

王都の中央庭園に設けられた華やかな会場は、まるで絵画の中の風景のようだった。手入れの行き届いた花々が咲き誇り、上品な音楽が風に乗って流れる。

アリアは緊張した面持ちでその場に立っていた。普段は慣れ親しんだ冒険者の粗野な空気とは真逆の、整然とした上流階級の雰囲気に圧倒されている。

「イアン、なんか落ち着かないよ……」

彼女が隣のイアンに小声で囁くと、彼は淡々と答えた。

「緊張するのは分かるが、堂々としていろ。お前がいつもどおりでいればいい。」

「ええー、それで済むなら苦労しないってば……」

不安そうなアリアに、セオドリックが横から静かに助言を入れる。

「大丈夫ですよ。堂々としていれば、貴族たちは勝手にあなたを評価します。それがこの場の流儀ですから。」

「そ、そうなんだ……わかった、やってみる。」

深呼吸して気持ちを落ち着けたアリアに、イアンは短く頷いた。

お茶会の場が落ち着きを見せた頃、ひときわ目立つ美しい声が響いた。

「皆様、今日はご参加いただきありがとうございます。」

現れたのは第四王女、リュシエンヌ・フェルシアだった。艶やかな金髪に碧眼、細やかに刺繍されたドレスを身に纏い、清楚でありながらも華やかな佇まいを持つ。

彼女が周囲に向けて微笑むと、その場の空気が一層明るくなる。

「すごいね……やっぱりお姫様って感じ。」
アリアが感嘆すると、セオドリックが小さく頷いた。

「ええ、王族の中でもとりわけ人気の高い方です。美しさと純粋さは誰もが認めるところでしょう。」

その言葉通り、リュシエンヌは愛らしい笑顔を浮かべながら人々に挨拶をして回り、ついにイアンの前に立った。

リュシエンヌはイアンを見つけた途端、頬を染めながら一歩近づいた。

「お目にかかれて光栄です……イアン様。」

名前を呼ばれた瞬間、アリアが驚いて目を丸くする。

「えっ、イアン？」

その反応に気づかぬ様子で、リュシエンヌは続けた。

「実は……以前お忍びで街に出た際に、あなたをお見かけしたのです。その時の美しさと気品に心を奪われてしまい、それ以来ずっとお会いしたいと思っておりました。」

会場全体が静まり返る中、リュシエンヌの一言一言が響いた。

「あなたに会いたい一心で、このお茶会を開きました。そして、どうしても私の気持ちをお伝えしたくて……。」

アリアは混乱し、セオドリックは苦笑しながら「これはまた、予想以上の展開ですね」と呟く。

イアンは短い沈黙の後、丁寧に頭を下げた。

「お言葉は光栄ですが……私は特別な誰かを守るためにこの場にいます。それ以上のことを考える余裕はありません。」

その瞬間、リュシエンヌの表情が一瞬だけ曇ったが、すぐに愛らしい笑顔を浮かべた。

「そう……ですが、あなたが誰かを守りたいと思うのなら、その方はきっととても幸せですね。」

その言葉に、アリアの胸が少しだけ締め付けられる。

リュシエンヌが他の客人と会話を始めた後も、アリアはその場で呆然としていた。

「まさか、王女様がイアンのことを……」

その純粋で可憐な姿が、アリアにはとても眩しく映る。

「私にはあんな可愛げなんてないよ……」

アリアが小さく呟くと、イアンが「何を言ってる」とすぐに応じた。

「アリアはアリアでいい。それで十分だろう。」

「そ、そうかな……」

その一言に救われたような気持ちになるが、どこかモヤモヤした感情が残る。

後日、セオドリックがアリアに話しかける。

「今回の招待状が届いた理由、分かりましたよね？」

「……王女様がイアンに会いたかったから、だよね。」

「ええ。そしてその事実を踏まえても、イアンが見ているのはあなただということを忘れないでください。」

その言葉にアリアが目を丸くするが、セオドリックは軽く微笑むだけだった。