魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊

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30章 地下迷宮

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ローデンの街を出発してから数時間。どこまでも続く緑の中、アリアとイアンは静かに歩いていた。

「久しぶりだね、こうやって二人だけで旅するの。」

アリアが歩きながら笑顔で振り返る。イアンはふと足を止めて、視線を前方に戻した。

「そうだな。ここ最近はルイスが一緒だったからな。」

「……まあ、あの人がいないと静かでいいけどね!」

アリアが冗談っぽく笑うと、イアンの口元がわずかに緩んだ。

「静かすぎて落ち着かないんじゃないのか?」

その言葉に、アリアは慌てて否定する。

「そんなことないよ! だって、あんたがいるじゃん。十分安心できるってば!」

軽い調子で言ったつもりだったが、言葉が口をついて出た瞬間、自分で顔が熱くなるのを感じた。

(……なに言ってんの、私……)

一方のイアンは無表情のままだったが、歩く速度がわずかに遅くなった。

「お前がそう思うなら、それでいい。」

その低い声には、微かな照れが混じっていた。

途中、突然茂みから中型の魔物が飛び出してきた。

「来たっ!」

アリアが素早く剣を構え、盾で魔物の突進を防ぐ。

「イアン!」

「分かっている。」

イアンが杖を振り、足元から土の手が現れる。「アース・バインド」の呪文だ。魔物が足を取られた隙を逃さず、アリアが剣を振り下ろす。

「よし……完璧!」

息の合った連携で魔物を倒した二人は、軽く息を整える。

「こうやって戦うと、私たち結構いいコンビだよね。」

アリアが嬉しそうに言うと、イアンは静かに頷いた。

「まあ、お前が無茶をしなければな。」

「またそれ? 無茶なんてしてないよ、これでも。」

アリアが拗ねたように口を尖らせると、イアンはほんの少しだけ声を緩めた。

「ならいい。だが、俺はお前が傷つくのを見たくない。」

その言葉に、アリアの胸が軽く締め付けられる。

(……私が傷つくのを、見たくない……?)

一瞬で、彼の言葉の重みが心に響いてきた。

「な、なんでそんなこと言うの……」

アリアが小声で呟くと、イアンはあくまで淡々と答えた。

「お前が俺にとって大切だからだろう。」

その一言に、アリアは言葉を失った。

(大切……?)

心臓が高鳴り、顔が赤くなるのを感じながら、彼の横顔を盗み見る。イアンはあくまで平静を保っているが、ほんの少し耳が赤くなっているのに気づいた。

(……ああ、もう、何なのこれ……!)


翌日、二人が宿場町で休息を取っていると、ふとした気配にアリアが振り向いた。

「やあ、久しぶりだな。」

ルイス・テミスが、相変わらずの余裕たっぷりな態度で立っていた。

「……なんでルイスがここにいるの?」

アリアが驚きつつ尋ねると、ルイスは肩をすくめて微笑む。

「王都から依頼を送ったのは俺だ。ここで合流しようと思ってな。」

「……ルイスって、本当に唐突すぎる。」

アリアが呆れるのを横目に、ルイスはイアンに目を向ける。

「お前も元気そうだな。前回の旅で大分疲れただろうに。」

「お前ほど図太くはないからな。」

イアンが冷ややかに返すと、ルイスは「相変わらず口が悪い」と苦笑した。

「ま、俺にも反省点があったからな。お前たちのサポートを受けられるよう、少しだけ成長したつもりだ。」

そう言うと、ルイスは片手を軽く挙げ、魔力障壁を展開して見せた。それは以前とは違い、前方だけに限定的に広がるよう調整されていた。

「どうだ? 器用だろう。」

その技術に、アリアもイアンも少し驚いた様子を見せる。

「……上出来だ。」

イアンの評価に、ルイスは誇らしげに笑った。

「お前に褒められるとは思わなかったな。」

三人は久しぶりに顔を揃え、旅の再スタートを切った。
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