魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊

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30章 地下迷宮

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重々しい石の階段が、どこまでも深く続いていた。足音が反響し、薄暗い空間に微かな緊張感が漂う。

「……ここが地下迷宮の入口か。」

イアンが呟き、杖を軽く振ると、先端から放たれた光が薄闇を照らし出した。階段の先には古びた大扉があり、その表面には複雑な模様が刻まれている。模様の中央には、手のひらほどの窪みがあった。

「これが封印の鍵ね……」

アリアが剣を握りしめながら一歩前に出る。隣に立つルイスがポケットから指輪を取り出し、ふっと息を吐いた。

「バルグレン侯爵の指輪が、ここで役に立つらしいが……どうやら本当に特別なものだったみたいだな。」

ルイスが指輪を窪みに当てると、淡い青白い光が模様を走り、複雑な紋様が一瞬で全体に広がった。すると、扉全体が低い音を立てて震え始めた。

「開くぞ……準備はいいか?」

ルイスが剣を構え、イアンが杖を握り直す。アリアは深呼吸して、片手剣と盾を確かめた。

「うん、行こう。」

封印解除の不穏な兆し

扉が完全に開いた瞬間、濃密な冷気が吹き出した。同時に、何か得体の知れない感覚が空間を支配する。

「……これは?」

イアンが眉をひそめた。その声に、ルイスが僅かに緊張を見せる。

「嫌な感じだな。魔族特有の魔力が漂っている。」

「魔族……」

アリアが戸惑いを見せる中、イアンはじっと扉の奥を見据えた。

(この気配……母さんの力に似ている。でも、もっと粗暴で、冷たい……。)

イアンの中に不安と嫌悪が入り混じった感情が湧き上がる。アリアがその表情に気づき、そっと声をかけた。

「大丈夫、イアン?」

「……ああ、大丈夫だ。」

イアンは短く答えたが、その声には微かに震えが混じっていた。

迷宮の試練:最初の罠

迷宮に足を踏み入れると、通路は石造りの壁で複雑に入り組んでいた。ところどころに設置された魔法陣が不規則に光を放っている。

「罠が多そうだね……慎重に進まないと。」

アリアが盾を構えながら前に進む。ルイスが魔力障壁を展開して彼女を守り、イアンが後ろから補助する形で進軍を始めた。

突然、壁の一部が弾けるように動き出し、矢が一斉に放たれた。

「避けて!」

ルイスが咄嗟に前方に障壁を広げ、矢のほとんどを防ぐ。しかし、その隙間をすり抜けた一本がアリアに迫る。

「くっ!」

アリアが素早く盾で防御するが、矢の勢いは強く、彼女の体がぐらりと揺れる。

「アリア!」

イアンがすぐさま土の魔法で地面を隆起させ、罠の動きを封じる。矢が止むと同時に、彼はアリアのもとへ駆け寄った。

「大丈夫か?」

「う、うん……平気。ちょっとびっくりしただけ……」

そう言いながらも、アリアは少し疲れた表情を見せた。イアンは彼女の肩に手を置き、しっかりと目を見つめる。

「……平気じゃなさそうだな。」

「いや、本当に大丈夫だから!」

アリアが笑顔を作るが、イアンはその手を放さない。

「無茶をするな。お前が傷つくのは……俺が嫌だ。」

その言葉に、アリアは目を見開き、思わず顔を赤らめた。

「……な、なんでそんなこと言うのよ……」

「当たり前のことを言っただけだ。」

イアンが目を逸らして歩き始める。アリアはその背中を見つめながら、胸の中がじんわりと温かくなるのを感じていた。

ルイスの心の声

二人のやり取りを見ていたルイスが、ふっと小さく笑う。

(あいつら、本当に分かりやすいな。)

剣を握り直しながらも、その笑顔にはどこか寂しさが混じっていた。

(俺にはあんな風に剣を振るう相手がいない。それでも、今は……この二人を守るために戦えばいいか。)

ルイスは深く息を吐き、二人を追いかけた。
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