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季節はさらに巡り――
カティアが私のもとに迎えられてから、まもなく二年が経とうとしていた。
今年、彼女は十五歳を迎えた。
正妃としての立場もすでに王宮内に定着し、政務や外交にも堂々と随行する姿は、王族・貴族の間でも広く評価を受けていた。
「妃殿下はまことに聡明であらせられる」
「まさしく、第六王子殿下に相応しきお方」
――そんな声が、日常のように耳に届くようになって久しい。
だが、穏やかな日々は長くは続かない。
ある日の執務室。ノルベルトが静かに書簡を差し出してきた。
「殿下。王太子殿下より、お取り次ぎの打診がございました」
私は視線を落とす。
書面は、簡潔に、そして極めて慎重な文面で綴られていた。
要旨は――
先の隣国との戦争で、アレスト王国は勝利を収めた。
その講和条件の一環として、隣国王女の一人が人質を兼ねた婚姻要員として差し出されることが決まった。
当初は王太子の後宮に配属される予定だったが、
王太子の後宮は現在、妃たちの間で勢力争いが過熱している。
そのため王太子側近らからの提案として、こう伝えられてきたのだ――
「正式に王位継承権を放棄されている第六王子ユーリ殿下の元へ、第二夫人候補として入内させることは可能か」
私は眉をひそめる。
(……この手で来たか)
王位継承権を放棄しているとはいえ、外交を担当し、王家に残ることが決まっている王子である私の離宮は、
諸外国にとって非常に魅力的な位置に映るのは当然だ。
「……まだ、カティアには伝えていない」
「はい。まずは殿下のご意向を確認してからと判断いたしました」
ノルベルトは淡々と告げる。
確かに、制度上は何ら問題はない。
アレスト王族にとって、複数夫人を迎えるのはむしろ通常運転の範疇だ。
だが――
(私は、カティアを迎え入れた時に覚悟を決めたはずだ)
あの日、あの中庭で出会った小さな少女。
今は立派な妃として私の隣に立つ彼女に、どれだけの想いを注いできたか。
「……簡単には返答はできんな」
低く呟き、私は机に肘をついた。
「この件、まずは王太子殿下へ直接お目通り願おう」
「畏まりました」
ノルベルトは静かに頭を下げ、部屋を出ていった。
私は深く息を吐く。
この国の制度は、時として残酷にさえ思える。
(――だが、私は妃を泣かせる男にはならない)
その夜。
執務を終えたカティアが執務室へやって来た。
「お疲れ様でございます、ユーリ」
「カティア……。少し、話がある」
私は彼女をソファへ座らせ、ゆっくりと今回の打診の内容を説明した。
カティアは、静かにすべてを聞き終えると――
「……なるほど」
わずかに俯き、そして、ほんの少し唇を噛んだ。
「制度として、他に妃を迎えることは許されています。ユーリ殿下は、外交を担当する王子ですもの……外交のためなら仕方がありませんわ」
精一杯に取り繕うように、彼女は笑った。
けれどその指先は、小さく震えている。
「カティア」
私は彼女の両手をそっと包み込んだ。
「ありがとう。……だが、私は簡単に受け入れるつもりはない。私にとって妃は――君一人で良い」
カティアは驚いたように目を丸くした。
「……ユーリ」
「私はあの日から、君に誓ったつもりだ。これ以上、誰にも君の居場所を奪わせたくはない」
そっと微笑むと、彼女の瞳に涙がにじんだ。
「……ありがとうございます」
肩の力を抜いたその顔は、十五歳になったばかりとは思えぬほど美しく、大人びて見えた。
こうして――
新たな縁談の話は、静かに幕を開けたのだった。
カティアが私のもとに迎えられてから、まもなく二年が経とうとしていた。
今年、彼女は十五歳を迎えた。
正妃としての立場もすでに王宮内に定着し、政務や外交にも堂々と随行する姿は、王族・貴族の間でも広く評価を受けていた。
「妃殿下はまことに聡明であらせられる」
「まさしく、第六王子殿下に相応しきお方」
――そんな声が、日常のように耳に届くようになって久しい。
だが、穏やかな日々は長くは続かない。
ある日の執務室。ノルベルトが静かに書簡を差し出してきた。
「殿下。王太子殿下より、お取り次ぎの打診がございました」
私は視線を落とす。
書面は、簡潔に、そして極めて慎重な文面で綴られていた。
要旨は――
先の隣国との戦争で、アレスト王国は勝利を収めた。
その講和条件の一環として、隣国王女の一人が人質を兼ねた婚姻要員として差し出されることが決まった。
当初は王太子の後宮に配属される予定だったが、
王太子の後宮は現在、妃たちの間で勢力争いが過熱している。
そのため王太子側近らからの提案として、こう伝えられてきたのだ――
「正式に王位継承権を放棄されている第六王子ユーリ殿下の元へ、第二夫人候補として入内させることは可能か」
私は眉をひそめる。
(……この手で来たか)
王位継承権を放棄しているとはいえ、外交を担当し、王家に残ることが決まっている王子である私の離宮は、
諸外国にとって非常に魅力的な位置に映るのは当然だ。
「……まだ、カティアには伝えていない」
「はい。まずは殿下のご意向を確認してからと判断いたしました」
ノルベルトは淡々と告げる。
確かに、制度上は何ら問題はない。
アレスト王族にとって、複数夫人を迎えるのはむしろ通常運転の範疇だ。
だが――
(私は、カティアを迎え入れた時に覚悟を決めたはずだ)
あの日、あの中庭で出会った小さな少女。
今は立派な妃として私の隣に立つ彼女に、どれだけの想いを注いできたか。
「……簡単には返答はできんな」
低く呟き、私は机に肘をついた。
「この件、まずは王太子殿下へ直接お目通り願おう」
「畏まりました」
ノルベルトは静かに頭を下げ、部屋を出ていった。
私は深く息を吐く。
この国の制度は、時として残酷にさえ思える。
(――だが、私は妃を泣かせる男にはならない)
その夜。
執務を終えたカティアが執務室へやって来た。
「お疲れ様でございます、ユーリ」
「カティア……。少し、話がある」
私は彼女をソファへ座らせ、ゆっくりと今回の打診の内容を説明した。
カティアは、静かにすべてを聞き終えると――
「……なるほど」
わずかに俯き、そして、ほんの少し唇を噛んだ。
「制度として、他に妃を迎えることは許されています。ユーリ殿下は、外交を担当する王子ですもの……外交のためなら仕方がありませんわ」
精一杯に取り繕うように、彼女は笑った。
けれどその指先は、小さく震えている。
「カティア」
私は彼女の両手をそっと包み込んだ。
「ありがとう。……だが、私は簡単に受け入れるつもりはない。私にとって妃は――君一人で良い」
カティアは驚いたように目を丸くした。
「……ユーリ」
「私はあの日から、君に誓ったつもりだ。これ以上、誰にも君の居場所を奪わせたくはない」
そっと微笑むと、彼女の瞳に涙がにじんだ。
「……ありがとうございます」
肩の力を抜いたその顔は、十五歳になったばかりとは思えぬほど美しく、大人びて見えた。
こうして――
新たな縁談の話は、静かに幕を開けたのだった。
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