毒殺未遂で追放された辺境伯令嬢は、修道院から人生を取り戻します

藤原遊

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第2章 修道院改革

2-10

ロストフ家の執務室に、厚い報告書が静かに置かれた。
差出人は、現当主ドミトリーの弟、ミハイル・ロストフ司祭。

修道院で起きた豊作、孤児たちの回復、畑の改革――そのすべてが記されている。

「……アリーナが、これほどの働きを?」

ドミトリー・ロストフは読み返し、深く息を吐いた。
病弱で手のかかる娘だと信じ込んでいた。
領地にいても何の益もない、と。

だがここに記されている少女は、荒れた修道院を立て直し、周囲の者を導いている。

(あの子が……本当に?)

わずかに胸が痛む。
けれどその痛みより先に、政治的計算が働いた。

王都ではすでに「北方の奇跡」が噂になっている。
もし教会や他家に取り込まれれば、ロストフ家の名は地に落ちる。
功績は取り戻さねばならない。

「……アリーナを呼び戻す」

つぶやいた声は、父としてではなく、辺境伯としての判断だった。
命令書が作成され、修道院へ騎士団が向かう段取りが整えられていく。

その頃、王都の教会本部でも会議が開かれていた。

「ミハイル司祭の報告……“聖女の可能性あり”とあるな」
「前回の聖女は悲惨な末路だった。それに伴い甚大な被害がでたと聞く。今回も放置はできまい」

教会上層は、突然の豊作と奇跡の報告を重大事として扱っていた。
神に愛された器が現れる時、それは国難の前兆とされている。

「修道院から移す際には厳重な護衛をつけよ。同行者は――」

「ミハイル・ロストフ司祭が適任だ。監視も兼ねて動いてもらう」

その決定の後、ミハイルは命令書を受け取った。
無表情のまま読み、静かに折り畳む。

(……辺境伯家への同行。敵地に戻るようなものだ)

追放された少女。
そして、ミハイル自身も家から押し出され聖職者となった身だ。

それでも顔色ひとつ変えず、任務として受け入れた。

「アリーナ様の護衛、確かに承ります」

雪の音が聞こえるような静寂の中、決意だけが冷たく光った。

修道院では、そんな動きを誰も知らないまま時間が過ぎていた。

アリーナは修道女たちと廊下の掃除をしていた。
穏やかな笑顔で、楽しそうに指を動かす。

「ほら、ここを先に拭くと埃が広がらないの」
「本当ですね……アリーナ様、すごいです!」

「扉の前から順番にやると、もっと楽になりますよ」

笑い声が廊下に満ち、修道院は久しぶりに温かな空気に包まれていた。
アリーナは本当にうれしそうで、誰と話す時も顔が柔らかい。

彼女は知らない。
自分を呼び戻す命令がすでに出ていることも、
教会が彼女を“聖女の器”と断じたことも。

ミハイルは遠くからその光景を見つめ、静かに目を伏せた。

(聖女を、守れるだろうか)

胸の奥に去来する不安と決意を押し込みながら、
彼は外套の襟を整えた。

まもなく、迎えが来る。
アリーナの知らないまま、修道院の空気が少しだけざわめき始めていた。
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