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第3章 帰還
3-1
ロストフ城が見えたころ、街の空気がざわめき始めた。
「あれは……!」
「見て、空に光が!」
馬車の周囲に、小さな光の粒が舞っていた。
朝の陽を受けて、金色とも銀色ともつかぬ輝きが飛び交う。
(精霊……ついてきてくれたの?)
肩のあたりにふわりと温かい気配が寄り添う。
その柔らかな感触に、胸が少しだけ安心した。
やがて人々が馬車の両脇に集まりはじめた。
「アリーナ様だ!」
「お帰りなさいませ!」
「こんなに精霊が舞うなんて……!」
歓声とどよめきが混ざり、光はさらに増えていった。
精霊たちはまるで、私の帰還を祝うように馬車の上を飛び回っている。
でも私は、胸の奥が不思議と締めつけられるのを感じていた。
懐かしさと温かさ、そしてほんの少しの怖さ。
城門の前で馬車が止まる。
父ドミトリーと継母イゾルデが並んで立っていた。
父は柔らかい笑みを浮かべている。
イゾルデも完璧な貴婦人の微笑みを張りつけていた。
「アリーナ……よく帰ってきた」
「本当に心配しておりましたのよ」
その声は上辺だけで、どこにも温度がなかった。
けれど私は、どう答えていいかわからず会釈をした。
ミハイルはそんな二人を一瞥しただけで、何も言わなかった。
ただその瞳がわずかに鋭くなる。
(……ここは帰る場所ではない。
敵の陣地に戻っただけだ)
心の奥で静かにそう結論づける。
“アリーナに敵意を向ける場所”として。
短い沈黙が落ちたあと、ミハイルが前へ出た。
「アリーナ様の帰還に際し、教会より命を受けております。
今後、アリーナ様の教育と指導を私が担当いたします。
王都の教会も、アリーナ様のこれまでの功績を鑑みて、注視しているとの通達です」
イゾルデの長いまつげがわずかに揺れた。
表情は完璧なままだったが、心の内では別の色が走ったのがわかる。
「まあ……それは、ご熱心で」
声は穏やか。
だが眉がほんの一瞬だけ動いた。
(教会が見張っている――そう解釈できたのだろう。バカではないらしい)
イゾルデの胸中は複雑だろう。
アリーナを再び掌に置いたつもりだったところに、教会という巨大な影が重なったのだから。
父ドミトリーも軽く咳払いをした。
「強力は神聖魔法の使い手である司祭殿がともに来てくださるとは……心強い。アリーナのためにも、ぜひよろしく頼みたい」
表向きは丁寧な言葉。
だがその裏には “教会の関心を無視できなくなった”
という焦りが滲んでいた。
ミハイルはただ静かに一礼する。
「アリーナ様のため、尽力いたします」
言葉は柔らかい。
だがその立ち姿は――
彼がここで誰に味方するつもりなのかを、明確に示していた。
(私は、あなたの隣にいる)
その決意を胸に秘めて、ミハイルはアリーナの背へ目を向けた。
アリーナは城を見上げていた。
懐かしい場所のはずなのに、胸に広がるのは温かさではなかった。
ただ静かな、答えの出ない気持ち。
城門が開き、アリーナは再びロストフ家の地へ足を踏み入れた。
精霊の光はまだ、そっと彼女の肩を照らしていた。
「あれは……!」
「見て、空に光が!」
馬車の周囲に、小さな光の粒が舞っていた。
朝の陽を受けて、金色とも銀色ともつかぬ輝きが飛び交う。
(精霊……ついてきてくれたの?)
肩のあたりにふわりと温かい気配が寄り添う。
その柔らかな感触に、胸が少しだけ安心した。
やがて人々が馬車の両脇に集まりはじめた。
「アリーナ様だ!」
「お帰りなさいませ!」
「こんなに精霊が舞うなんて……!」
歓声とどよめきが混ざり、光はさらに増えていった。
精霊たちはまるで、私の帰還を祝うように馬車の上を飛び回っている。
でも私は、胸の奥が不思議と締めつけられるのを感じていた。
懐かしさと温かさ、そしてほんの少しの怖さ。
城門の前で馬車が止まる。
父ドミトリーと継母イゾルデが並んで立っていた。
父は柔らかい笑みを浮かべている。
イゾルデも完璧な貴婦人の微笑みを張りつけていた。
「アリーナ……よく帰ってきた」
「本当に心配しておりましたのよ」
その声は上辺だけで、どこにも温度がなかった。
けれど私は、どう答えていいかわからず会釈をした。
ミハイルはそんな二人を一瞥しただけで、何も言わなかった。
ただその瞳がわずかに鋭くなる。
(……ここは帰る場所ではない。
敵の陣地に戻っただけだ)
心の奥で静かにそう結論づける。
“アリーナに敵意を向ける場所”として。
短い沈黙が落ちたあと、ミハイルが前へ出た。
「アリーナ様の帰還に際し、教会より命を受けております。
今後、アリーナ様の教育と指導を私が担当いたします。
王都の教会も、アリーナ様のこれまでの功績を鑑みて、注視しているとの通達です」
イゾルデの長いまつげがわずかに揺れた。
表情は完璧なままだったが、心の内では別の色が走ったのがわかる。
「まあ……それは、ご熱心で」
声は穏やか。
だが眉がほんの一瞬だけ動いた。
(教会が見張っている――そう解釈できたのだろう。バカではないらしい)
イゾルデの胸中は複雑だろう。
アリーナを再び掌に置いたつもりだったところに、教会という巨大な影が重なったのだから。
父ドミトリーも軽く咳払いをした。
「強力は神聖魔法の使い手である司祭殿がともに来てくださるとは……心強い。アリーナのためにも、ぜひよろしく頼みたい」
表向きは丁寧な言葉。
だがその裏には “教会の関心を無視できなくなった”
という焦りが滲んでいた。
ミハイルはただ静かに一礼する。
「アリーナ様のため、尽力いたします」
言葉は柔らかい。
だがその立ち姿は――
彼がここで誰に味方するつもりなのかを、明確に示していた。
(私は、あなたの隣にいる)
その決意を胸に秘めて、ミハイルはアリーナの背へ目を向けた。
アリーナは城を見上げていた。
懐かしい場所のはずなのに、胸に広がるのは温かさではなかった。
ただ静かな、答えの出ない気持ち。
城門が開き、アリーナは再びロストフ家の地へ足を踏み入れた。
精霊の光はまだ、そっと彼女の肩を照らしていた。
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