毒殺未遂で追放された辺境伯令嬢は、修道院から人生を取り戻します

藤原遊

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第3章 帰還

3-2

帰還を祝う晩餐は豪奢だった。
燭台の光がきらめき、食卓には色鮮やかな料理が並んでいる。
だがその華やかさとは裏腹に、アリーナの胸には静かな痛みが広がっていた。

「アリーナ、よくやってくれたな。王都でも評判だ。
 ロストフ家として誇らしい」

父ドミトリーの言葉は温かく聞こえたが、
そこに娘を慈しむ響きはない。
あるのは家の利得を計算する声音だけだった。

(……私じゃなくて、成果だけ見てる)

胸が沈み、スープの香りが遠く感じられた。

ミハイルはドミトリーの横顔を静かに観察し、
心の内で小さく結論を下す。

(この男は……相変わらず弱い)

娘を守る力も、真実を見る強さもない。
そしてアリーナを追い出した影にこそ本当の敵がいる。

大理石のような完璧な微笑を浮かべるイゾルデに、
ミハイルの黒い瞳が一瞬鋭く細められた。

(やはり……あの女だ)

アリーナが領地改善に意欲を見せると、
ミハイルはためらわず言った。

「必要であれば、私も協力いたします。
 教会で学んだことが、多少は役に立つでしょう」

淡々とした声だったが、
そこにはアリーナの努力を正当に扱う姿勢と、
ドミトリーへの無言の牽制があった。

晩餐が終わるころ、
アリーナの疲れた顔を見たミハイルは心の奥で小さく息を吐いた。

(この家は……彼女の心を守らない)

部屋に戻ると、少し小さなノックが響いた。

「……アリーナ姉さま?」

扉から顔を覗かせたのはニキータだった。
晩餐に参加できなかった彼は、
姉の帰還を聞いていても立ってもいられなかったらしい。

「ニキータ……会いに来てくれたの?」

「うん! 元気だった?」

アリーナの表情がぱっと明るくなる。
その笑顔に、ミハイルは一瞬だけ警戒しつつもニキータの瞳に悪意がないのを確認し、静かに見守った。

そこへ家令がやって来て丁寧に頭を下げる。

「ミハイル様のお部屋は以前と変わらず準備してございます」

アリーナとニキータが同時に振り返る。

「えっ、ミハイルさん……このお城にいたの?」

ミハイルは静かに息を吐いた。
この話をする時が来たのだと思いながら。

「私は君たちの叔父だ。
 現当主ドミトリー様の弟にあたる」

アリーナの瞳がぱっと輝いた。

「ミハイル様が……叔父さま? 本当に?」

その声音には純粋な喜びがあった。
ミハイルは一瞬言葉を失う。

アリーナはそっと彼の手を握った。
その手は温かく、小さく、今にも消えそうで――
ミハイルは静かに息を飲んだ。

(呪いのようにしか感じてこなかった血の繋がりが……
 こんなにも温かく聞こえるとは)

ニキータが無邪気に首をかしげる。

「叔父上って……何歳なの?」

ミハイルはわずかに肩をすくめた。

「十五歳だ」

「十五!? お兄さんみたい!」
「本当に叔父さまなの?」

アリーナが驚いた顔で見上げる。
ミハイルはその反応に、ほんの少しだけ口元を緩めた。

重苦しい帰還の夜。
その中で、この小さな温度だけがひそやかに灯り、
彼の胸を静かに照らしていた。
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