毒殺未遂で追放された辺境伯令嬢は、修道院から人生を取り戻します

藤原遊

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第7章 政治の渦

7-4

収穫の成功を知らせる鐘が、城下に高らかに響いた。
飢えに苦しんだ冬が嘘のように、今年の倉庫は満ちている。
アリーナが馬車を降りると、広場には人々がぎゅっと押し寄せた。

その瞬間──ふわりと光が舞った。

氷の粒子のような精霊たちが、
アリーナの肩や髪に触れるように寄り添う。

「アリーナ様だ!」
「今年の冬は越せるぞ……!」

誰かが泣き、誰かが笑い、誰かが手を伸ばす。
アリーナは胸の前でそっと手を合わせた。

「みんなで、また春を迎えましょうね」

言葉は幼いのに、不思議と安心させる力があった。

 

晩餐の席に向かうと、
アレクセイがアリーナの前に膝をついた。

剣を掲げたその姿は凛としていて、
幼い頃の少年の面影よりも、騎士の顔をしていた。

「アリーナ様。
 改めて、あなたに忠義を捧げます。
 妹も……あなたに救われました」

アリーナは少し驚いたように瞬きをして、
けれどすぐに柔らかく微笑む。

「アレクセイ、ありがとう。心強いわ」

ディアナは隣でぱん、と小さく手を叩いた。

「アリーナ様の誕生日が、こんなに華やかになるなんて……!」

 

そこへ、会場がざわめいた。

入場してきたのは、黒髪の少年──第二王子イグナート。
アリーナの母の姉が王妃であり、彼とは従兄妹にあたる。

彼は侍従を従えてアリーナの前へ進み出ると、
軽く頭を下げた。

「アリーナ殿。初めてお会いしますが……
 今日の日を心待ちにしていた」

差し出された小箱。
開けると、王家の紋章を刻んだ上質なイヤリングが光った。

まわりの視線が一気に集まる。

イヤリング──それは 庇護の証。
だが、婚約の意志を示すものではない。

それを理解した貴族たちが、
安堵半分、探るような目半分でざわついた。

イグナートは穏やかに微笑む。

「あなたにこれを贈るのは、親族として自然な務めです。
 ……ご安心を。私は心に決めたお方がいますから」

会場が一瞬で沸き、噂話が走り抜ける。

アリーナはきょとんとして、首を傾げた。

「心に決めた方……?」

「ええ。探し続けていますが、なかなか見つからなくてね」

言葉に含みがあるのに、
アリーナだけがその意味に気づいていなかった。

ミハイルは密やかに胸を撫で下ろす。

(……彼が婚約を望まぬなら、それが一番良い)

しかし、その安堵はすぐに別の痛みに変わった。

 

宴が進むにつれ、アリーナの席には次々と青年たちが訪れた。

領内の若い騎士、近隣貴族の跡取り。
皆、羽根のついた小箱を手にしている。

「アリーナ様。これを……」
「どうか、将来のお役に立てれば……」

箱を開ければどれもこれも、光を宿したネックレス。

婚約者候補として名乗りを上げる証。

アリーナは困ったように、しかし丁寧に受け取る。

「ありがとうございます。でも……
 あの、まだよくわからなくて……」

青年たちはそれでも満足げに去っていく。

周囲が期待と熱気で満ちる。
その中心で、アリーナだけが小さく戸惑っていた。

ミハイルはゆっくりと歩み寄る。

アリーナはその姿を見つけ、ほっとした顔をした。

「ミハイル様……」

彼は片膝をつき、銀の箱を差し出す。

「アリーナ様。
 あなたの歩みが、精霊と神に守られますように。
 ロストフ家の叔父として、心からの贈り物を」

箱を開けると、氷狼の意匠が光りを返した。
庇護と、家族である証。

アリーナの目が輝く。

「とても素敵……! ミハイル様、ありがとうございます」

両手で宝物のように包み込み、
嬉しそうに胸元へ当てる。

ミハイルは微笑みを返した。

ただ、その胸の奥に
言葉にならない寂しさが、小さく沈んでいった。

(……あの子の未来は、広い。
 私が立てる場所など、本来どこにもない)

アリーナの笑顔は眩しいほどだった。

宴の光が彼女を照らす。
精霊がひらひらと舞う。

ミハイルはその光景を胸に刻みつけるように見つめた。

静かに、深く息を吸った。

もう一度だけ、あの子のために微笑む。

その笑顔の奥にある痛みは──
誰にも悟らせないまま。
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