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第7章 政治の渦
7-5
誕生日の宴が終わり、城は静けさを取り戻していた。
窓の外では、祭りの名残りの灯が遠く瞬いている。
ミハイルが書類に目を通していると、
控えめなノックが響いた。
「……ミハイル様、アリーナです」
その声に、手が止まる。
扉を開けると、アリーナが両手を前で揃え、
少しだけ不安そうに立っていた。
「夜分にすみません。
パーティの準備……ミハイル様が全部してくださったと、家令から聞きました。
どうしても、お礼を言いたくて」
ミハイルは一瞬だけまばたきをして、
柔らかく微笑んだ。
「おめでとう、アリーナ」
その言葉だけで、アリーナは胸を弾ませるように微笑む。
ミハイルは扉を少しだけ開けたままにし、
廊下に控える使用人へ声をかけた。
「温かいミルクを、二つ」
やがて使用人が下がると、
ミハイルはアリーナに椅子をすすめた。
しかし、彼の表情はどこかほんの少しだけ硬い。
「アリーナ。
あなたはもう十二歳になりました」
アリーナはこくりとうなずく。
「ええ。今日から、また頑張ります」
「……その年齢を越えた淑女は、
男性の私室に入ってはなりません。
例外は、家族でも一部だけです」
アリーナの目が丸くなった。
「え……?
では、今夜のようにミハイル様とお話することは……」
声が沈む。
震えるのがわかるほどだった。
ミハイルは言葉を慎重に選ぶように口を開く。
「あなたが婚約者を持てば、別です。
その方には、こうした距離の近さが許される」
アリーナは息を呑み、
ゆっくりと問い返した。
「今日……ネックレスをくださった方々が、
その……婚約者候補、なのですか?」
「そうなります。
では尋ねますが、アリーナ。
心に残る方はいましたか?」
小さな間が落ちた。
アリーナは両手を膝の上でぎゅっと握り、
ぽつりと言った。
「……ミハイル様は、イヤリングでした」
ミハイルの眉がわずかに動いた。
「ああ、説明していませんでしたね。
イヤリングは、家族を示す贈り物です。
あなたの叔父として……
庇護と、血縁の証として渡したのです」
アリーナは俯いた。
肩が小さく揺れている。
しばらくして、顔を上げた。
「家族なら……ずっと一緒にいられますよね?」
その無垢な言葉が、胸の奥に深く刺さった。
(……ああ。私はどれほどのものを望んでいるのだ)
ミハイルは答えを急がず、
ただ静かに微笑んだ。
そこへ使用人がミルクを運んできて、
二人の間の空気を少しだけ和らげた。
湯気の立つカップを両手で包み込み、
アリーナは嬉しそうに口をつける。
ミハイルも同じように一口飲み、
やわらかな時間が流れた。
やがて飲み終えると、
ミハイルは席を立った。
「アリーナ。部屋まで送ります」
「え……大丈夫です。今日はお祭りでしたし……」
「客人が多い夜です。
万が一があってはなりません」
その声音に、アリーナは素直に頷いた。
廊下は夜の冷気が漂い、
アリーナは思わずミハイルの袖をそっとつまむ。
ミハイルはその小さな仕草に気付いたが、
何も言わなかった。
アリーナの部屋の前まで来ると、
彼女は振り返り、深く頭を下げた。
「ミハイル様。今日のすべて……ありがとうございます」
「おやすみなさい、アリーナ」
扉が閉まる。
静かな夜の中、ミハイルはひとつ息を吐いた。
翌朝。
休む間もなく、王都からの召集状が届いた。
封蝋を割ったミハイルの目が、険しく細められる。
「……アリーナ。王都へ呼ばれています」
アリーナは驚いてミハイルを見る。
「王都に……? なぜでしょう」
「理由は書かれていません。
ですが──王都では、笑顔すら武器です」
ミハイルの声は静かだが、
鋼のような緊張を含んでいた。
アリーナはまだその言葉の重みを理解できず、
ただ不安そうに瞬きをするだけだった。
窓の外では、祭りの名残りの灯が遠く瞬いている。
ミハイルが書類に目を通していると、
控えめなノックが響いた。
「……ミハイル様、アリーナです」
その声に、手が止まる。
扉を開けると、アリーナが両手を前で揃え、
少しだけ不安そうに立っていた。
「夜分にすみません。
パーティの準備……ミハイル様が全部してくださったと、家令から聞きました。
どうしても、お礼を言いたくて」
ミハイルは一瞬だけまばたきをして、
柔らかく微笑んだ。
「おめでとう、アリーナ」
その言葉だけで、アリーナは胸を弾ませるように微笑む。
ミハイルは扉を少しだけ開けたままにし、
廊下に控える使用人へ声をかけた。
「温かいミルクを、二つ」
やがて使用人が下がると、
ミハイルはアリーナに椅子をすすめた。
しかし、彼の表情はどこかほんの少しだけ硬い。
「アリーナ。
あなたはもう十二歳になりました」
アリーナはこくりとうなずく。
「ええ。今日から、また頑張ります」
「……その年齢を越えた淑女は、
男性の私室に入ってはなりません。
例外は、家族でも一部だけです」
アリーナの目が丸くなった。
「え……?
では、今夜のようにミハイル様とお話することは……」
声が沈む。
震えるのがわかるほどだった。
ミハイルは言葉を慎重に選ぶように口を開く。
「あなたが婚約者を持てば、別です。
その方には、こうした距離の近さが許される」
アリーナは息を呑み、
ゆっくりと問い返した。
「今日……ネックレスをくださった方々が、
その……婚約者候補、なのですか?」
「そうなります。
では尋ねますが、アリーナ。
心に残る方はいましたか?」
小さな間が落ちた。
アリーナは両手を膝の上でぎゅっと握り、
ぽつりと言った。
「……ミハイル様は、イヤリングでした」
ミハイルの眉がわずかに動いた。
「ああ、説明していませんでしたね。
イヤリングは、家族を示す贈り物です。
あなたの叔父として……
庇護と、血縁の証として渡したのです」
アリーナは俯いた。
肩が小さく揺れている。
しばらくして、顔を上げた。
「家族なら……ずっと一緒にいられますよね?」
その無垢な言葉が、胸の奥に深く刺さった。
(……ああ。私はどれほどのものを望んでいるのだ)
ミハイルは答えを急がず、
ただ静かに微笑んだ。
そこへ使用人がミルクを運んできて、
二人の間の空気を少しだけ和らげた。
湯気の立つカップを両手で包み込み、
アリーナは嬉しそうに口をつける。
ミハイルも同じように一口飲み、
やわらかな時間が流れた。
やがて飲み終えると、
ミハイルは席を立った。
「アリーナ。部屋まで送ります」
「え……大丈夫です。今日はお祭りでしたし……」
「客人が多い夜です。
万が一があってはなりません」
その声音に、アリーナは素直に頷いた。
廊下は夜の冷気が漂い、
アリーナは思わずミハイルの袖をそっとつまむ。
ミハイルはその小さな仕草に気付いたが、
何も言わなかった。
アリーナの部屋の前まで来ると、
彼女は振り返り、深く頭を下げた。
「ミハイル様。今日のすべて……ありがとうございます」
「おやすみなさい、アリーナ」
扉が閉まる。
静かな夜の中、ミハイルはひとつ息を吐いた。
翌朝。
休む間もなく、王都からの召集状が届いた。
封蝋を割ったミハイルの目が、険しく細められる。
「……アリーナ。王都へ呼ばれています」
アリーナは驚いてミハイルを見る。
「王都に……? なぜでしょう」
「理由は書かれていません。
ですが──王都では、笑顔すら武器です」
ミハイルの声は静かだが、
鋼のような緊張を含んでいた。
アリーナはまだその言葉の重みを理解できず、
ただ不安そうに瞬きをするだけだった。
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