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第1部
1章 異世界で光になる
都会の夜は、いつも同じだった。
高層ビルから漏れる白い光が灰色の街を覆い、車のクラクションが遠くで響いている。冷たい風がビル街を吹き抜ける中、ミユは冷めた缶コーヒーを握りしめていた。
「今日も……終電、逃しちゃったな」
自嘲するような声が静かな夜に溶ける。オフィス街には人影がなく、彼女の足音だけがアスファルトに響いていた。
会社を出たのは深夜。書類作成に追われ、息をつく暇もなく働き続けた結果、終電の時間はとうに過ぎていた。
ミユはアラサーのOLだ。誰よりも努力することを誇りに思ってきたが、ここ最近はその誇りが薄れてきている。
どれだけ頑張っても、上司や同僚から感謝されることはほとんどない。むしろ、自分の努力が周りを楽にさせているだけのように感じる。
頼みごとをすれば、「ミユさんがやった方が早いでしょ」と返される。手伝いを断られるたび、胸の中に重たい石が積み重なっていった。
「……私さえ、もっとちゃんとしていれば……」
そう思う癖がついていた。何か問題が起きるたび、反射的に「すみません」と謝る。ミスをしたわけでもないのに、それが口をつく。
それでも、働き続けるしかなかった。誰かに頼るのは怖いし、立ち止まれば自分の価値がなくなるような気がしていた。
冷たい風がミユの頬を撫で、彼女は肩を縮めた。歩きながら、ふと夜空を見上げる。都会の空に霞んだ星が、いくつか瞬いているのが見えた。
「……こんな街でも、星が見えるんだ」
そう呟いた瞬間、視界が眩い光に包まれた。
地面に手をついた時、冷たい土の感触が伝わった。
「えっ……?」
立ち上がろうとして手を見下ろすと、自分のものとは思えない小さな手が視界に入る。
短い指、細い腕、子どもが着るような布地の服。全身に広がる違和感に、彼女の心拍数が一気に上がった。
「なにこれ……私、子ども……?」
信じられないという思いが口から零れるが、どれだけ自分を見直しても現実は変わらなかった。
一度深呼吸をしようとしたが、どこかから吹く冷たい風に邪魔をされる。周囲を見回しても、森の木々がざわめき、星が瞬く空が広がるばかり。人工物らしきものは一切見当たらなかった。
「なんで……どうしてこんなところに……?」
混乱する頭を抱え、ミユはその場に座り込んだ。足を抱えて小さな体を丸める。
夜空を見上げても答えは出ない。冷えた体に心細さが押し寄せ、涙が滲む。
「……ごめんなさい……」
無意識に口をついたのは謝罪の言葉だった。いつも仕事で呟いていた言葉が、今も口癖になって出てしまったのだ。誰に向けているのかすら分からない。
膝を抱えた小さな体は、頼りなく震え続けた。
その時、遠くから重い音が聞こえてきた。規則正しく響くそれは、馬の蹄の音だった。
ミユは小さく息を飲み、顔を上げる。音は徐々に近づいてくる。暗闇の中、何かの影が揺れているのが見えた。
馬車だった。
月明かりに照らされながら、古びた馬車がゆっくりと進んできた。止まると、中から一人の男性が降りてくる。
がっしりとした体格の中年の男は、ミユを見て驚いた顔をしたものの、すぐに落ち着いた声で言った。
「おい、大丈夫か? こんな小さな子がこんなところで……一人か?」
「あ……えっと……」
ミユは何も言えず、ただ視線を落とした。
「危ないぞ。こんな場所にいたら魔物が出る。ほら、馬車に乗りなさい」
彼の言葉に反応する間もなく、力強い手が差し出される。少し迷ったが、ミユはその手を取った。
馬車に乗せられると、男は安心したように頷き、手綱を引いた。
「村まで連れて行く。こんな小さい子を一人で放っておくわけにはいかない」
「……ありがとうございます……すみません……」
自然と口をついて出た謝罪に、男は首を傾げるように笑った。
「何を謝るんだ? 困っている子を助けるのは当たり前のことだろう」
その言葉にミユは少し戸惑った。当たり前のこと――そんな風に言われたのは久しぶりだった気がする。
馬車は森の中を揺れながら進む。その心地よい揺れに、少しだけミユの緊張が和らいでいった。
高層ビルから漏れる白い光が灰色の街を覆い、車のクラクションが遠くで響いている。冷たい風がビル街を吹き抜ける中、ミユは冷めた缶コーヒーを握りしめていた。
「今日も……終電、逃しちゃったな」
自嘲するような声が静かな夜に溶ける。オフィス街には人影がなく、彼女の足音だけがアスファルトに響いていた。
会社を出たのは深夜。書類作成に追われ、息をつく暇もなく働き続けた結果、終電の時間はとうに過ぎていた。
ミユはアラサーのOLだ。誰よりも努力することを誇りに思ってきたが、ここ最近はその誇りが薄れてきている。
どれだけ頑張っても、上司や同僚から感謝されることはほとんどない。むしろ、自分の努力が周りを楽にさせているだけのように感じる。
頼みごとをすれば、「ミユさんがやった方が早いでしょ」と返される。手伝いを断られるたび、胸の中に重たい石が積み重なっていった。
「……私さえ、もっとちゃんとしていれば……」
そう思う癖がついていた。何か問題が起きるたび、反射的に「すみません」と謝る。ミスをしたわけでもないのに、それが口をつく。
それでも、働き続けるしかなかった。誰かに頼るのは怖いし、立ち止まれば自分の価値がなくなるような気がしていた。
冷たい風がミユの頬を撫で、彼女は肩を縮めた。歩きながら、ふと夜空を見上げる。都会の空に霞んだ星が、いくつか瞬いているのが見えた。
「……こんな街でも、星が見えるんだ」
そう呟いた瞬間、視界が眩い光に包まれた。
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「えっ……?」
立ち上がろうとして手を見下ろすと、自分のものとは思えない小さな手が視界に入る。
短い指、細い腕、子どもが着るような布地の服。全身に広がる違和感に、彼女の心拍数が一気に上がった。
「なにこれ……私、子ども……?」
信じられないという思いが口から零れるが、どれだけ自分を見直しても現実は変わらなかった。
一度深呼吸をしようとしたが、どこかから吹く冷たい風に邪魔をされる。周囲を見回しても、森の木々がざわめき、星が瞬く空が広がるばかり。人工物らしきものは一切見当たらなかった。
「なんで……どうしてこんなところに……?」
混乱する頭を抱え、ミユはその場に座り込んだ。足を抱えて小さな体を丸める。
夜空を見上げても答えは出ない。冷えた体に心細さが押し寄せ、涙が滲む。
「……ごめんなさい……」
無意識に口をついたのは謝罪の言葉だった。いつも仕事で呟いていた言葉が、今も口癖になって出てしまったのだ。誰に向けているのかすら分からない。
膝を抱えた小さな体は、頼りなく震え続けた。
その時、遠くから重い音が聞こえてきた。規則正しく響くそれは、馬の蹄の音だった。
ミユは小さく息を飲み、顔を上げる。音は徐々に近づいてくる。暗闇の中、何かの影が揺れているのが見えた。
馬車だった。
月明かりに照らされながら、古びた馬車がゆっくりと進んできた。止まると、中から一人の男性が降りてくる。
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「おい、大丈夫か? こんな小さな子がこんなところで……一人か?」
「あ……えっと……」
ミユは何も言えず、ただ視線を落とした。
「危ないぞ。こんな場所にいたら魔物が出る。ほら、馬車に乗りなさい」
彼の言葉に反応する間もなく、力強い手が差し出される。少し迷ったが、ミユはその手を取った。
馬車に乗せられると、男は安心したように頷き、手綱を引いた。
「村まで連れて行く。こんな小さい子を一人で放っておくわけにはいかない」
「……ありがとうございます……すみません……」
自然と口をついて出た謝罪に、男は首を傾げるように笑った。
「何を謝るんだ? 困っている子を助けるのは当たり前のことだろう」
その言葉にミユは少し戸惑った。当たり前のこと――そんな風に言われたのは久しぶりだった気がする。
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