【完結】辺境伯令嬢は敵国の将軍に嫁ぎます 〜戦場で命を賭した幼馴染と政略結婚〜

藤原遊

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第4章 氷の婚礼

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フォルクナー城の大広間は、厳かな空気に包まれていた。
高い天井には燭台が幾重にも吊り下げられ、無数の炎が石造りの壁を照らし出している。
二国の紋章が並び立ち、白布のかけられた祭壇の前では神官が祈祷の言葉を低く響かせていた。
列席する貴族や兵たちが息を潜め、これから交わされる「和平の証」を注視していた。

レオンハルトは、壇上で待ちながら深く息を吸い込んだ。
この日を、幾度となく想像していた。
嫁いでくるのはクラリッサ――そう告げられていたからだ。
戦で姉は命を落とした、と。
あの川の氾濫の後、消息は途絶え、誰も生還を信じてはいなかった。

だが、扉が開いたとき――レオンハルトの世界は凍りついた。

現れたのは、白いヴェールに包まれた少女。
その足取りはわずかに覚束ない。
しかし、背筋は真っ直ぐに伸び、裾を曳く衣装は凛と揺れていた。
花嫁衣裳の下から覗く横顔――蒼白で細いその頬。

「……エリシアーナ」

胸が強く脈打った。
血に染まり、自分の剣に貫かれ、微笑みながら倒れたはずの少女。
夢の中で幾度も死に顔を見た、あの人。
その彼女が、生きて歩いている。

息が詰まった。
喉が焼けつくように熱く、胸の奥から叫びが漏れそうになる。

――生きていたのか。
――生きて、そして俺のもとへ来てくれたのか。

心の底から溢れたのは歓喜だった。
少年の日の自分が、隣で囁いた。
「もし彼女が嫁いでくれるのなら、これ以上の幸せはない」と。
花冠を抱いて笑ってくれた幼い日の約束。
あの日の夢が、形を変えて現実になった。

だが、同時に鋭い痛みが胸を抉った。

――なんという仕打ちだ。

彼女は戦場で血を流し、領民を守るために剣を振るった。
そして自分に刺し貫かれ、死に瀕した。
そんな彼女を、今度は和平の証として嫁がせる。
政の道具として、敵国に送り込む。
それが国の選んだ道。

喜びと痛みがないまぜになり、胸の奥で軋んだ。
彼女にとってこれは夢などではなく、罰でしかない。
レオンハルトは思った。

――ならばせめて。
――俺が彼女をこれ以上苦しめぬように。

近づいてはならない。
自分は彼女の敵であり、彼女を刺し貫いた男なのだから。
その罪を背負う以上、どんな言葉も、どんな手も、彼女を救うことはできない。

誓いの時が訪れた。
神官の声が広間に響く。
レオンハルトは氷の仮面を被った。
声は低く、冷ややかに。
将としての威厳を保ち、儀礼の形だけを果たす。

「……誓います」

その言葉は鋼のように硬く、大広間に響いた。
誰もが厳粛と受け取っただろう。
だが、隣に立つ花嫁にとっては、拒絶の響きにしかならなかった。

ヴェール越しに見た彼女の横顔が、わずかに陰った。
その小さな揺らぎに気付いた。
けれど、言葉を続けることはできなかった。
近づくことは、彼女を苦しめるだけだ。

――俺にできるのは、これだけだ。
――彼女を守るために、距離を取ることだけだ。

鐘の音が高らかに鳴り響いた。
祝福の響きが大広間に満ちる。
だが、レオンハルトの胸にあったのは喜びではなく、冷たい痛みだった。

氷のように冷たい婚礼。
その幕が、静かに上がった。
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