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第7章 結ばれる夜
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夜の静寂はゆっくりと溶け、窓辺から朝の光が差し込み始めていた。
薄いカーテン越しに射す光は柔らかく、それでも確かに闇を押しのけていく。
冷えていた空気が少しずつ和らぎ、寝室には新しい一日の匂いが漂った。
レオンハルトはまどろみの中で、腕に伝わる温もりに気づいた。
銀の髪が胸元に散らばり、規則正しい呼吸が頬をかすめる。
エリシアーナが、確かにそこにいる。
夢ではなく、幻でもなく――生きて、彼の腕の中に。
胸が詰まった。
あの夜の恐怖が、まだ骨の奥に残っている。
冷えゆく手を握り、何度も名を呼んでも応えなかった姿。
「このまま失うのか」と喉を掻き切られるような思いで、涙を流すことしかできなかった無力な自分。
その記憶が、目の前の温もりをなおさら奇跡に思わせる。
「……レオン」
囁くような声。
彼女がゆっくり瞼を開き、視線をこちらへ向けた。
朝の光を受けた瞳はまだ霞みを帯びていたが、その一言が胸の奥を打ち砕いた。
「……朝になってしまったわ」
吐息混じりに言って、彼女は小さく身じろぎした。
だがすぐに視線を逸らし、頬を赤らめて囁く。
「……明るいところは……少し、いやなの。私……あの傷が……」
その言葉に心臓を握られた。
彼女は気にしている。
戦場で、自分が剣で刻みつけた痕を。
彼女にとっては痛みであり、過去の傷であり、消したいものに違いない。
レオンハルトは唇を噛んだ。
胸に押し寄せる悔恨と後悔。
守れなかったこと、刃を向けてしまったこと。
あの血の温かさと、崩れ落ちた微笑みが脳裏に焼き付いて離れない。
だが同時に、どうしようもなく倒錯した感情が芽吹いていた。
――その傷は俺のものだ。
俺がつけた。
誰にも触れられない、誰にも奪えない、永遠の証。
「……エリシア」
彼女の手を取り、ゆっくりと自分の頬に押し当てる。
声は震えていた。
「その傷は……俺がつけたものだ。悔いている。後悔している。……だが、同時に――それは俺の証だ」
彼女がはっと息を呑み、視線を上げる。
黒い瞳が涙に濡れながらも、ひたむきに彼女を見つめ返す。
「俺の剣が、お前に刻んだ証。罪であり、重荷だ。だが……俺はそれを愛する。醜いと思うかもしれない。けれど俺には、誰にも奪えない愛の証にしか見えない」
震え混じりの囁き。
それは懺悔であり、独占であり、執着でもあった。
エリシアーナの瞳に涙が滲み、光を反射する。
頬を濡らす雫を指で拭い取り、その指先をそっと唇に触れさせる。
「二度と傷つけないと誓う。けれど……その証だけは、俺が一生抱きしめる。お前が生きていると、俺に刻み続けるから」
彼女は目を閉じ、震える吐息を落とした。
そして、静かに微笑んで囁く。
「……レオンは、本当に……ずるい人」
胸が熱く震え、抱き寄せた彼女の鼓動が自分のそれと重なる。
朝の光が銀と黒を照らし、二人の影をひとつに溶かしていった。
薄いカーテン越しに射す光は柔らかく、それでも確かに闇を押しのけていく。
冷えていた空気が少しずつ和らぎ、寝室には新しい一日の匂いが漂った。
レオンハルトはまどろみの中で、腕に伝わる温もりに気づいた。
銀の髪が胸元に散らばり、規則正しい呼吸が頬をかすめる。
エリシアーナが、確かにそこにいる。
夢ではなく、幻でもなく――生きて、彼の腕の中に。
胸が詰まった。
あの夜の恐怖が、まだ骨の奥に残っている。
冷えゆく手を握り、何度も名を呼んでも応えなかった姿。
「このまま失うのか」と喉を掻き切られるような思いで、涙を流すことしかできなかった無力な自分。
その記憶が、目の前の温もりをなおさら奇跡に思わせる。
「……レオン」
囁くような声。
彼女がゆっくり瞼を開き、視線をこちらへ向けた。
朝の光を受けた瞳はまだ霞みを帯びていたが、その一言が胸の奥を打ち砕いた。
「……朝になってしまったわ」
吐息混じりに言って、彼女は小さく身じろぎした。
だがすぐに視線を逸らし、頬を赤らめて囁く。
「……明るいところは……少し、いやなの。私……あの傷が……」
その言葉に心臓を握られた。
彼女は気にしている。
戦場で、自分が剣で刻みつけた痕を。
彼女にとっては痛みであり、過去の傷であり、消したいものに違いない。
レオンハルトは唇を噛んだ。
胸に押し寄せる悔恨と後悔。
守れなかったこと、刃を向けてしまったこと。
あの血の温かさと、崩れ落ちた微笑みが脳裏に焼き付いて離れない。
だが同時に、どうしようもなく倒錯した感情が芽吹いていた。
――その傷は俺のものだ。
俺がつけた。
誰にも触れられない、誰にも奪えない、永遠の証。
「……エリシア」
彼女の手を取り、ゆっくりと自分の頬に押し当てる。
声は震えていた。
「その傷は……俺がつけたものだ。悔いている。後悔している。……だが、同時に――それは俺の証だ」
彼女がはっと息を呑み、視線を上げる。
黒い瞳が涙に濡れながらも、ひたむきに彼女を見つめ返す。
「俺の剣が、お前に刻んだ証。罪であり、重荷だ。だが……俺はそれを愛する。醜いと思うかもしれない。けれど俺には、誰にも奪えない愛の証にしか見えない」
震え混じりの囁き。
それは懺悔であり、独占であり、執着でもあった。
エリシアーナの瞳に涙が滲み、光を反射する。
頬を濡らす雫を指で拭い取り、その指先をそっと唇に触れさせる。
「二度と傷つけないと誓う。けれど……その証だけは、俺が一生抱きしめる。お前が生きていると、俺に刻み続けるから」
彼女は目を閉じ、震える吐息を落とした。
そして、静かに微笑んで囁く。
「……レオンは、本当に……ずるい人」
胸が熱く震え、抱き寄せた彼女の鼓動が自分のそれと重なる。
朝の光が銀と黒を照らし、二人の影をひとつに溶かしていった。
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