都合のいい妻でいるのをやめただけですが、問題ありますか?――夫の提案に従っただけですが

藤原遊

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第2話 お茶会と申し出

翌日、私は予定どおりお茶会に出席していた。

侯爵夫人のサロンは昼の光を柔らかく受け、落ち着いた空気に満ちている。集まっているのは顔見知りの夫人ばかりで、形式張らない分、衣装や来賓の話題に紛れて本音が顔を出す。

席に着き、勧められるままにカップを手に取ると、無難な話題が一巡したところで、誰かが声の調子をわずかに落とした。

「最近は、夫婦の形もずいぶん変わってきたとか」

曖昧な言い方ではあるが、意図ははっきりしている。

「互いに干渉しない形もあると聞きますわ。……自由に振る舞う、というような」

自然な流れのまま、その視線がこちらに寄る。

私はカップをソーサーに戻し、手元で一度だけ整えてから口を開いた。

「夫より、そのように提案を受けております」

静かに答えた瞬間、場の空気がわずかに張り詰める。息を呑む気配が重なり、言葉を継ぐ者はいないまま、短い沈黙が落ちた。

その静けさを、低い声が切り分ける。

「……それならば」

視線を向けると、王弟殿下がこちらを見ていた。同席していたことは分かっていたが、これまで会話に加わる気配はなかった。

場の全員が姿勢を正す。

王弟は周囲に目を向けることなく、まっすぐに私を見る。

「その自由、私に預ける気はないか」

穏やかな声音で告げられた言葉は、しかし余地を残さない。

誰も口を挟まない。この場でそれが許される者はいないと、全員が理解している。

私はわずかに呼吸を整え、提示された内容をそのまま受け止める。

突飛な提案ではない。この社会には、自由な夫婦が用いる愛人関係を定めるための制度がいくつも存在する。

「……契約として、でしょうか」

確認だけを返す。

王弟は間を置かずに応じた。

「無論だ。契約を伴わぬ関係を、軽々しく結ぶつもりはない」

その一言で、場の温度が変わる。

軽い興味や噂話の延長ではない。正式な申し出であり、いったん受ければ後戻りの利かない選択になると、ここにいる全員が理解した。

私は一拍だけ置く。

感情で揺れる必要はない。条件と立場を並べれば、答えは自然に定まる。

「……承知いたしました」

言葉を落とした瞬間、小さく息を吐く気配が広がる。誰も声にはしないが、この場にいた全員が、今のやり取りをそのまま持ち帰るだろう。

王弟はそれ以上言葉を重ねず、ただわずかに視線を緩めた。

私は再びカップを手に取る。

紅茶は少し冷めていたが、味は変わらない。ゆっくりと口に運ぶ間に、ざわめきが形を整え直し、サロンは何事もなかったかのように会話を取り戻していった。
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