7 / 9
第7話 跡継ぎ問題
その話が持ち出されたのは、夜会から数日後のことだった。
公爵家の応接間には、家宰をはじめとした家臣たちが揃っている。誰も声を荒げることはないが、言葉の選び方には余裕がなく、慎重さと切迫が同じ重さで混じっていた。
私は席に着き、用意された茶に手を伸ばさないまま、やり取りを聞いている。
「後継ぎの件でございます」
家宰が切り出した。
「現状のままでは、時間が経過するほど不利になります。」
公爵は答えない。
「理由については、申し上げるまでもございません。現在のご事情では、どの家も踏み込めません」
一拍だけ間を置く。
「公爵夫人様が王弟殿下の公妾である以上、婚姻関係は形式上維持されていても、実質は動かせないと見られております」
言葉は穏やかだが、逃げ道は残していない。
別の家臣が続ける。
「新たなご縁を進める場合、妾の扱いになります。同等の家格では応じる見込みが低く、結果として家格を下げる、またはワケありの方を引き取る形になります。しかし、それでは後継ぎの教育と将来の統治に支障が出ます」
「加えて」
別の声が重なる。
「現在お付き合いのある伯爵未亡人につきましては、後継ぎを望める状況ではございません」
言い切らないが、意味は十分に通る。
「いずれの形でも、後継ぎが得られない状況にございます」
室内が静まる。
誰も否定しない。
公爵は視線を落としたまま、動かない。
「このままでは、家の維持に関わります」
家宰が静かに言い切る。
私はそのやり取りを聞きながら、ようやくカップに手を伸ばした。口に含むと、茶は少し冷めているが、味は変わらない。
視線を上げる。
公爵の手が肘掛けの上でわずかに動きかけては止まり、言葉の代わりに逡巡だけが残る。
「……対処を」
控えめな声が落ちる。
だが、その先は続かない。
後継ぎを得るには婚姻を整える必要がある。
婚姻を整えるには、現状を動かす必要がある。
そのどちらも、今の形では手が届かない。
公爵がゆっくりと息を吐いた。
「分かっている」
短い一言だったが、それ以上を許さない響きがあった。
家臣たちはそれを受け、それぞれに視線を落とす。議論が終わったわけではない。ただ、ここで続けても前に進まないと分かっている。
私はカップをソーサーに戻す。
「お話は以上でしょうか」
静かに声を挟むと、家宰が顔を上げた。
「……はい。本日はこれにて」
それ以上はない。
私は立ち上がる。
「では、失礼いたします」
椅子がわずかに軋む音を残し、その場を離れる。
背後で誰かが息を整える気配がしたが、振り返ることはしない。
扉を抜けると、廊下は静まり返っている。
先ほどまでの重さが嘘のように、外の空気は何も知らないままだ。
足音だけが一定の間隔で続く。
私は歩みを止めず、そのまま進んだ。
公爵家の応接間には、家宰をはじめとした家臣たちが揃っている。誰も声を荒げることはないが、言葉の選び方には余裕がなく、慎重さと切迫が同じ重さで混じっていた。
私は席に着き、用意された茶に手を伸ばさないまま、やり取りを聞いている。
「後継ぎの件でございます」
家宰が切り出した。
「現状のままでは、時間が経過するほど不利になります。」
公爵は答えない。
「理由については、申し上げるまでもございません。現在のご事情では、どの家も踏み込めません」
一拍だけ間を置く。
「公爵夫人様が王弟殿下の公妾である以上、婚姻関係は形式上維持されていても、実質は動かせないと見られております」
言葉は穏やかだが、逃げ道は残していない。
別の家臣が続ける。
「新たなご縁を進める場合、妾の扱いになります。同等の家格では応じる見込みが低く、結果として家格を下げる、またはワケありの方を引き取る形になります。しかし、それでは後継ぎの教育と将来の統治に支障が出ます」
「加えて」
別の声が重なる。
「現在お付き合いのある伯爵未亡人につきましては、後継ぎを望める状況ではございません」
言い切らないが、意味は十分に通る。
「いずれの形でも、後継ぎが得られない状況にございます」
室内が静まる。
誰も否定しない。
公爵は視線を落としたまま、動かない。
「このままでは、家の維持に関わります」
家宰が静かに言い切る。
私はそのやり取りを聞きながら、ようやくカップに手を伸ばした。口に含むと、茶は少し冷めているが、味は変わらない。
視線を上げる。
公爵の手が肘掛けの上でわずかに動きかけては止まり、言葉の代わりに逡巡だけが残る。
「……対処を」
控えめな声が落ちる。
だが、その先は続かない。
後継ぎを得るには婚姻を整える必要がある。
婚姻を整えるには、現状を動かす必要がある。
そのどちらも、今の形では手が届かない。
公爵がゆっくりと息を吐いた。
「分かっている」
短い一言だったが、それ以上を許さない響きがあった。
家臣たちはそれを受け、それぞれに視線を落とす。議論が終わったわけではない。ただ、ここで続けても前に進まないと分かっている。
私はカップをソーサーに戻す。
「お話は以上でしょうか」
静かに声を挟むと、家宰が顔を上げた。
「……はい。本日はこれにて」
それ以上はない。
私は立ち上がる。
「では、失礼いたします」
椅子がわずかに軋む音を残し、その場を離れる。
背後で誰かが息を整える気配がしたが、振り返ることはしない。
扉を抜けると、廊下は静まり返っている。
先ほどまでの重さが嘘のように、外の空気は何も知らないままだ。
足音だけが一定の間隔で続く。
私は歩みを止めず、そのまま進んだ。
あなたにおすすめの小説
王太子に「戦友としか思えない」と言われたので、婚約を解消しました
明衣令央
恋愛
婚約者である王太子ヘンリーから「君のことは戦友としか思えない」と告げられた、公爵令嬢アリスティア。
十年以上の王妃教育を積んできた彼女は、静かに婚約解消を受け入れる。
一年後、幸せな結婚を迎えた彼女にとって、ヘンリーのその後は――もうどうでもいいことだった。
知らないうちに離婚されていた男爵令嬢は実家に帰ることにしました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
結婚して1年。
元・貴族令嬢エヴェリナは、平民商人の夫にこき使われ、自分の時間すら奪われていた。
久しぶりの自由時間を楽しんで帰宅すると、門番が立ち塞がり──
「ここより先には立ち入れません」
夫が勝手に離婚届を偽造し、彼女を家から追放した。
さらに「不貞の証拠」として、エヴェリナのサインを悪用した偽装契約書まで作成。
名誉を守るため裁判へ挑むが、そこで明らかになったのは──
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。ご都合主義です。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪
山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」
そうですか…。
私は離婚届にサインをする。
私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。
使用人が出掛けるのを確認してから
「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」
愛人は貴族の嗜み?それなら私は天才王子の公妾になりますね
こじまき
恋愛
【全5話】
「愛人は貴族の嗜み」とのたまう婚約者に悩むエルミナ。婚約破棄もできず我慢を強いられる中、「魔法の天才」と名高い第二王子オルフェウスから「私の公妾にならないか」と提案される。
それは既婚者のみが使える一手。そして婚約者が酔いしれる「男のロマン」を完全に叩き潰す一手だった。「正妻にも愛人にも愛される俺」を気取っていたレオンは、天才王子と互いを選び合ったエルミナを前に、崩れ落ちる。
そしてエルミナは「天才王子の最愛」となるのだった。
※「小説家になろう」にも投稿予定
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い