【完結】ルースの祈り ~笑顔も涙もすべて~

ねるねわかば

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ギルベルト2

5,兄と妹

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 夕方、地方調整室を訪れたセインの妹は手首に包帯を巻いていた。
 上着とショールで隠しているが、ギルベルトはつい目を向けてしまう。


「初めまして。ハイモンド家長女グレイスと申します。
 この包帯、目立ちますでしょう。父に突き飛ばされて手をついた拍子に痛めたのです」

「グレイス! 会っていきなり言うことじゃないだろう!」

「だってお兄様、ヴィンロード様はお忙しいのでしょう? でしたら最初から全部言っておくべきではなくて?」


 セインの妹は兄に輪をかけてはっきりした性格らしい。簡単すぎる挨拶のあと、すぐさま本題に入る。


「単刀直入に申しますわ。この度の縁談、破談を前提として一旦了承する振りをしていただけないでしょうか」

「失礼ながら元より断るつもりでしたが、そのように面倒なことをする訳は何でしょう」


 グレイスが言うには、彼女は元々とある伯爵家嫡男と婚約間近だったという。

 先方からの申し入れで見合いをし、互いに惹かれ合ってあとは婚約の体裁を調えるだけというところまで話は進んでいたらしい。
 しかし突然ハイモンド伯爵がその話を一方的に破談にし、ギルベルトに縁談を持ちかけたそうだ。


「私がいつまでも伯爵子息様を諦めず父に従わないものですから、いつぞやの貴方様とのお見合いの前日、業を煮やした父が私に手を上げたのです。
 しばらくはお顔が腫れて見られたものじゃありませんでしたわ」

「ずっと暴力を振るわれているということですか」

 早いものでハイモンド伯爵が見合いの延期を申し入れてから一年ほどが経っている。
 あれから今に至るまで暴力が続いているとすれば、とても正気の沙汰とは思えない。


「お兄様たちが止めてくださるのでそう酷いことはされておりませんが、父がすぐに大きな声を出すので話し合いも出来ない状況ですの」

 グレイスはそう言って渋面を作った。


 ギルベルトの父は手が出ることはないが、説得に苦心しているのは自分も同じだ。
 グレイスたちがどういう方法を取ろうとしているのか興味が湧いた。

「そのような状況でハイモンド伯爵を説得する手立てがあるのですか?」

「説得などもう諦めておりますわ。上の兄が当主交代に向けて動いております。父は叩けば埃が出る人ですから、証拠を突きつければ当主を降りざるを得ないはずです。
 ヴィンロード様に了承の振りをしていただきたいのは、証拠を集める時間稼ぎのためですの」

「話はわかりました。ですが私にも誤解させたくない人がいるので、振りとはいえ縁談を受け入れるのは抵抗があります。
 これまでと同様に返事を先延ばしにするだけではいけないのですか」

「それが、うちの親がお前を諦めてグレイスに次の相手を探そうとしているんだよ。お前にならこうして頼むことも出来るが、次の相手はどんな奴かわからないからな。
 妹を助けてやってくれないか。振りだけでいいんだ、頼む」

 セインが深く頭を下げた。
 ギルベルトが地方調整室に配属されて以来四年ほどの付き合いの中で、初めて見る姿だった。


「こちらの都合ばかりで申し訳ございません。
 ヴィンロード様の大切な方には私からご説明させていただいても構いません。何とぞお願いできませんか」


 これまでの自分ならおそらくにべもなく断っただろう。
 けれど妹のために頭を下げたセインがアルフレートと重なり、恋人に一度話をしてから考えると言って返事を待ってもらうことにした。



 思えばもう一月ほどリゼとは会えていない。互いに都合がつかず、逢瀬を決める手紙のやり取りすらままならないのだ。


 出来るだけ早く返事が欲しいとセインたちから急かされている。
 ギルベルトは直接リゼに会おうと王女宮へと赴いた。


 偶然にも、王女宮に着いてすぐにリゼを見かけた。
 しかし彼女は一人ではなく、王宮内で見たことがある男と一緒だった。

 男が差し出す美しい小箱をおずおずと受け取り、リゼが最後にふわりと笑う。それはまるで演劇の一幕のようだった。
 リゼがそのまま男の手を取り遠くに行ってしまいそうな錯覚を覚え、ギルベルトは息を詰めてその光景を見た。

 やがて二人は別れを惜しむこともなくあっさりとめいめいの方向へと去って行く。
 何のことはない、仕事の物品の受け渡しだったのだろう。そうは思うもギルベルトはしばらくその場から動けなかった。


『リゼを幸せにする』

 それはアルフレートの言葉がなくともギルベルトの中に常にある想いだ。

 しかし現状は父親に認められず、いつまでもリゼに肩身が狭い思いをさせている。
 さらにそのうえ振りだけとはいえ他の女性との縁談を進めるなど、リゼとの幸せを自ら遠ざけることに他ならない。
 先ほどの想像がいつ現実のものにならないとも限らないのだ。


 セイン兄妹には悪いが、頼まれごとは断ろう。
 そう決心し、リゼには会わずに王女宮を出た。
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