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リゼ3
10.薄布の中から
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「じゃ、ギルベルトさん、そういうわけですから。私もグレイスも楽しみにしていますよ」
イアンはギルベルトの肩を叩き、会議室を出ていった。ご丁寧に扉はぴたりと閉じられている。
リゼは慌てて書類を手に取ると、部屋を出ようとイアンを追った。
「リゼ嬢」
扉に掛けたリゼの手に、ギルベルトの手が重なる。
ハッとして隣を見ると、リゼをまっすぐに見つめる彼と目が合った。
それは食事会で彼が見せてくれたものと同じ、強い想いを感じさせるものだった。
彼に触れられ名を呼ばれる。
リゼは溢れそうになる想いに必死に蓋をした。
政略結婚を告げられた日からずっと、どこか薄布のこちらから世界を見ているような日々を過ごしてきた。
領へと馬を走らせた日も、明るい展望が見えた日も、いつか女官にと意気込んだ日も、いつも体はそこにあるのに、心だけがあの日から一歩も動けずにいた。
リゼに触れる彼の熱が、心を現実に引き戻す。
彼の強いまなざしが、薄布の向こうからリゼを射貫いた。
不意にギルベルトが手を離し、リゼの頬を撫でる。
彼の手は濡れていた。
「あ……」
リゼの目からは次々と涙が溢れ、ギルベルトの手を濡らす。
やがて彼はハンカチを取り出し、リゼの頬や目元に優しく押し当てた。
彼の前で泣くつもりなどなかったリゼは居たたまれず、顔を上げることができない。
「私にこんなことをいう資格はないのでしょうが……リゼ嬢、どうか辛い時は泣いてください。いつでも笑顔でいる必要などないのです」
リゼは下を向いたまま頷く。
こんなにも優しく触れて、リゼを心から想う言葉をくれるのに、彼は他の女性の婚約者なのだ。
──そうだ、彼はイアンと父親について話していた。
未来の義兄弟、姻戚としてここで何事かを話し合っていたのだろう。
リゼは思わず後ずさる。
自分たちはこんなところで二人きりで過ごして良い関係ではない。
ギルベルトは悲しげな目をしながらももうリゼに触れることはなかった。
代わりにハンカチをリゼに持たせる。
「あなたはもうしばらくここにいた方が良い。これはあなたに預けます。次に会った時に返してください」
リゼと扉の間に出来た隙間にするりと滑り込むと、彼は会議室を出ていった。
リゼはしばらくそこにとどまってから、午後の業務へと戻った。
イアンはギルベルトの肩を叩き、会議室を出ていった。ご丁寧に扉はぴたりと閉じられている。
リゼは慌てて書類を手に取ると、部屋を出ようとイアンを追った。
「リゼ嬢」
扉に掛けたリゼの手に、ギルベルトの手が重なる。
ハッとして隣を見ると、リゼをまっすぐに見つめる彼と目が合った。
それは食事会で彼が見せてくれたものと同じ、強い想いを感じさせるものだった。
彼に触れられ名を呼ばれる。
リゼは溢れそうになる想いに必死に蓋をした。
政略結婚を告げられた日からずっと、どこか薄布のこちらから世界を見ているような日々を過ごしてきた。
領へと馬を走らせた日も、明るい展望が見えた日も、いつか女官にと意気込んだ日も、いつも体はそこにあるのに、心だけがあの日から一歩も動けずにいた。
リゼに触れる彼の熱が、心を現実に引き戻す。
彼の強いまなざしが、薄布の向こうからリゼを射貫いた。
不意にギルベルトが手を離し、リゼの頬を撫でる。
彼の手は濡れていた。
「あ……」
リゼの目からは次々と涙が溢れ、ギルベルトの手を濡らす。
やがて彼はハンカチを取り出し、リゼの頬や目元に優しく押し当てた。
彼の前で泣くつもりなどなかったリゼは居たたまれず、顔を上げることができない。
「私にこんなことをいう資格はないのでしょうが……リゼ嬢、どうか辛い時は泣いてください。いつでも笑顔でいる必要などないのです」
リゼは下を向いたまま頷く。
こんなにも優しく触れて、リゼを心から想う言葉をくれるのに、彼は他の女性の婚約者なのだ。
──そうだ、彼はイアンと父親について話していた。
未来の義兄弟、姻戚としてここで何事かを話し合っていたのだろう。
リゼは思わず後ずさる。
自分たちはこんなところで二人きりで過ごして良い関係ではない。
ギルベルトは悲しげな目をしながらももうリゼに触れることはなかった。
代わりにハンカチをリゼに持たせる。
「あなたはもうしばらくここにいた方が良い。これはあなたに預けます。次に会った時に返してください」
リゼと扉の間に出来た隙間にするりと滑り込むと、彼は会議室を出ていった。
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