毒舌アイドルは毒の魔物に転生する。

馳 影輝

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第十六章 神ティアとアルマ

第百三十三話 世界の矛盾

街全体に、張り詰めた空気が流れていた。

警備隊は城門を閉ざし、城壁には弓兵と監視が整然と並ぶ。
街路は封鎖され、住民は屋内待機。
いつも賑やかな鉱山都市は、今はまるで息を潜めた獣の巣だ。

さらに、街の冒険者たちが招集され、その中に――リリアの姿もあった。

「勇者ミンデ。
我らも力を尽くそう。」

冒険者達の前に立つのは、若くして剣聖と呼ばれる男、グリフィル。
落ち着いた威風と自信に満ちた眼差し。まさに“強者”だった。

リリアは一歩離れてその様子を見つめる。

『……ママが言ってた通りね。
勇者って、まだまだこれからって感じ。
器はあるけど、力はまだ完成していないわ。』

肩の上で尻尾を揺らす小さなドラゴン――ミィーニャが鼻で笑った。

『へっ。こいつら、アルマの大群を見たら目ひんむいて逃げるんじゃねぇか?』

『ミィーニャ、そんな事言わないの。
念話でも態度は小さめにね。
でも……正直、少し心配なのは同意。』

周りには聞こえない。
だが、観察だけは抜かりない。


作戦がまとまると、ミンデたちは城壁上へ。
薄曇りの空の下、遠くの森がじわりと黒く波打つように蠢いていた。

「……来るな。」
ミンデは苦い息を飲み込む。


― 都市上空 ―

その頃。
ティアはセリアと共に、街の真上に転移していた。
地上からは見えない、神の領域の光に包まれた姿。

「……本当に私がアルマを全て倒していいのかしら?」
ティアの声は静かで、迷いがあった。
「人間は困難に直面したとき、自分の力で乗り越えてこそ強くなる。
もし私が何でも解決したら――」

「人は神に依存するようになるでしょう。」
セリアは淡々と続ける。

「ええ。
神に縋りたいのは自然なこと。
でも、それでは駄目なのよ。」

「主様は、よくお考えになっています。」
セリアは微かに微笑む。

「アルマを殲滅することは容易い。
けれど神となった今、解ける問題が増えた分……迷うことも増えたのでしょう。」

「そうね。」
ティアは空の向こうを見た。

「――街を襲うアルマは、ミンデ達に戦わせるわ。
彼らは強くならないといけない。」

「では、主様は?」

「森の奥よ。」

ティアの視線は、ただ一点を射抜いていた。
そこには凄まじい“気配”が潜んでいる。

「人間ではない。
アルマとも違う。
神の私ですら識別できない存在なんて――久しぶりで、胸が躍る。」

「……やはり、主様は戦いを楽しんでおられる。」

「違うわよ。
ただ――緊張感が懐かしいだけ。」

ティアは楽しげに微笑んだ。
その横顔は、神でありながらどこか少女らしく、そして強かった。

「行きましょう、セリア。」

「御意。」

蒼炎がゆらりと揺れ、二つの影は森の奥へと消えた。


城壁の向こう側で、黒い影の群れが波のように揺れていた。
──人型アルマの軍勢。
その数は、見ただけで士気を削ぐほど膨大である。

勇者ミンデは蒼炎を宿した剣を真っ直ぐ掲げ、声を張り上げた。

「みんな、力を貸してください!
この蒼炎神ティア様より授かった剣に誓い、街を守り抜く!」

その瞬間、青白い光がミンデから周囲へ広がる。
勇者スキル《戦意奮闘》。
仲間たちの筋力・敏捷・精神が一斉に底上げされ、張り詰めた空気に火が灯る。

「魔法部隊、撃てぇっ!」

城壁の上から、火球・雷撃・氷槍が次々と降り注ぎ、人型アルマの隊列が揺らぐ。
陣形が崩れ、動きが乱れ、足並みがばらける。

「アルマ達の陣形が乱れた! 
今なら出られる!」

伝令の声と同時に、城門が軋む音を立てて開いた。

「行くぞぉっ!!」

ミンデを先頭に、前衛が地面を蹴り飛び出した。
冒険者たちが叫びながら斬り込み、魔法と剣閃が目の前で交差する。
城壁上からも支援魔法が途切れず降り注ぎ、アルマ達は次第に押し戻されていく。

「よし! 押せ! 追撃だ!」

ミンデは勢いに乗り、振り返らずに前へ進む。

しかし――

「待て、ミンデ! 深追いは危険だ!」
剣聖グリフィルの声が響いた。
戦場を見渡し、状況を読む者の声だ。

「ここで引き返すべきだ! 
城の援護範囲を外れるぞ!」

「今こそ数を減らす好機だ! 
行くぞ!」

ミンデは勢いのまま駆けた。
仲間達を信じ、力を信じ、まだ余裕があると思っていた。

「あのバカ、悪いところが出たな……!」
ミナンザとホールディが顔を見合わせ、後を追う。

「ミンデ! 
先行しすぎるな!」
ホールディの叫びが戦場にかき消される。

 
ミンデは確かにアルマを押し切っていた。
だが、その足元にわずかな違和感が走る。

周囲の足音。
土を踏みしめる重い気配。
いつの間にか、左右から黒い影が迫っていた。

「ミンデ!」

ホールディとミナンザが追いつき、ミンデの肩を掴んだ。

「おい、周りを見ろ!」

ミンデは息を呑んだ。

黒い壁のように、人型アルマ達が取り囲んでいた。
前にも、後ろにも、左右にも退路は無い。

「……な、なんだ……こんな……!」

勢いは、もはや逃れられない包囲へと変わっていた。
空気が重く、喉が焼けるように硬直する。

勇者一行は――
完全に、孤立していた。


街を囲む森の、そのさらに奥。
陽光が届かない静寂の深層に、異様な気配が揺らいでいた。
ティアはゆっくりと、その「違和感」へ歩を進める。

そこに立つのは、漆黒の人影。
闇ではなく、光の存在を否定する“概念の空洞”のようなもの。

「……神が自ら干渉に来るか。」

その声は地の底から響くように低く重い。

「セリア。
ミンデが危ないわ。
助けに行って。」

「御意。」

言葉の瞬間、セリアの姿は空気に溶けて消えた。

ティアは正面の闇に視線を戻す。

「待たせたわね。
今回は、干渉するつもりよ。」

「そうか。
では問おう。
神よ、私は何に見えている?」

「あなたは──私が創った世界から零れ落ちた“影”。
秩序の裏で蓄積した、理の外側。」

「その認識で正しい。
私はお前の世界が生んだ、不要とされた側の真実。」

「……なら、処理する必要があるわね。」

闇は微かに笑う。

「神の神威が万能とでも? 
私には通じんぞ。」

「神威だけだと思ってるの?」
ティアは静かに腕を伸ばした。

空間が震え、蒼炎が迸り、
《蒼炎の神剣ソリッシュクレイヴ》が手に馴染むように現れる。

その蒼火は存在そのものを浄化する神性の熱。
森の空気は震え、闇を押し退けた。

「私は“戦いの神”でもある。
闇や穢れを祓うのは、神が担う務めよ。
さあ、始めましょう。」

闇が静かに腕を広げると、周囲の影が形を得ていく。
数多の人型アルマが波のように生まれ、ティアへ殺到する。

「神よ。
私は抵抗し、争おう。」

「その覚悟──良し。」

ティアは剣を振る。
蒼炎が走り、迫るアルマ達は一瞬で光の粒となって消えた。

闇は空間に深い闇を流し込むように広げる。

「光が世界を照らすほど、影は濃くなる。
お前自身がそれを証明している。」

「確かにね。
でも、だからといって放置はできない。」

ティアの蒼炎が広がり、アルマを次々と浄化していく。
空間そのものが震え、森が光に包まれる。

「終わりにしましょう。」

ティアの身体から、剣を媒介して蒼炎が解き放たれた。
燃え盛る蒼き浄化の波が闇を包み込み、崩壊させる。
黒い存在は、言葉もなく塵のように消えていった。

森は静まった。
ただ、微かな余韻だけが残る。
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