のんびり知臣さんとしっかり烈くんの日日是好日

やらぎはら響

文字の大きさ
4 / 10

4話 婆ちゃんとは違う

しおりを挟む
 夕方の赤い光のなか商店街の先にあるスーパーに向けて烈はのんびり歩いていた。
 冷たい風に鼻がツンと痛くなる。
 商店街に近いスーパーは、いわゆる高級スーパーだ。
 どの商品もブランドものや珍しい輸入調味料などちょっと値段の張るものばかり並んでいる。
 庶民的なスーパーはさらに離れたところにあるから、ここら辺の人は高級スーパーに行く人か商店街に行くかで分かれている。
 烈は完全に商店街派だけれど、珍しいものもある高級スーパーを眺めに行くのがたまの楽しみだったりする。
 買うのは厳しいけれど、見るだけならいいだろう。
 たまに奮発して買うことだってある。
 今日は散歩気分でスーパーへと向かっていた。
 コンビニの前に差し掛かり、肉まんの新商品についてののぼりが目に入った。
 何味なんだろうと、思わず足を止める。

「烈君」

 名前を呼ばれて、この声は知臣だなと気づいて振り返った。
 予想通りの人物が、けれどいつもとはまったく違う服装で立っていた。
 いつもはラフな服装の知臣が、綺麗な形をしている黒のロングコートを着ている。
 ロングコートから覗く服装もカッチリとしたシャツが見えていた。
 何より普段はサラリと下ろしている前髪が真ん中で分けられてセットされている。
 いつもは見えない綺麗な額が露わになっていて、顔の綺麗さが際立っていた。
 まったく見慣れない外見に、ドキリとしてしまう。
 知臣は烈のそんな様子には気づいた様子もなく、コンビニから出てきたらしいそのままに目の前まで歩いてきた。

「珍しいね、こんなところにいるなんて」

 店の外で会うのははじめてだった。

「この先のスーパーが品揃えが面白くて、たまに見に来るんです」

目の前まで来た知臣の服装は、近くで見ると仕立てがとてもいいと素人目にもわかるものだった。

「そんなカッチリした服装はじめて見ました」

 いつもはシャツやセーターにアウター、たまにジャケット型のコートという服装なので今日は普段とかなり違う。
 足元もピカピカの革靴だ。
 ハッキリ言って普段が穏やかなお兄さんという風体に対して、とても色気のある大人の男という雰囲気に烈は何だか落ち着かない気分になってしまう。

「今日はこれからホテルで演奏なんだ。水を買ってたところ」
「あ、言ってましたね、友達のホテルで弾いてるって」

 凄いパワーワードに驚いた記憶がある。
 改めて知臣を見ても、普段より艶やかさがあり烈は気を抜けば見惚れてしまいそうだった。

「なんか、いつもと違うから吃驚しました」

 ほんのり頬を染めると知臣はにっこりと微笑んだ。
 着飾った状態でそんな表情をされたら目に眩しすぎるとひるんでしまう。

「おかしくないかな?」
「全然!凄く素敵です。スーツとかそういうちゃんとした服は縁がないものだから、物珍しいです」
「烈君はスーツなんかは着ないのかな?」

 知臣に尋ねられて、烈は苦笑した。
 しがない個人経営のカフェの店主にそんなものを着る機会はない。

「専門学校の卒業式に間に合わせのものを着たくらいです」

 祖母がちゃんとしたものを買おうと言ってくれたけれど、頑なに固辞して適当に自分で買ったのだ。
 嘆く祖母をまあまあと宥めた思い出が蘇る。

「ふうん」

 じっと知臣が見つめてくるので落ち着かなくなり、何か言おうと口を開きかけたらトンと着ていたシャツの鎖骨辺りを指で触れられた。
 何だと驚くと、知臣が一歩近づき顔を覗き込まれる。

「ネクタイ似合うと思うけどな」

 何だかいつもより色気が多分にある。
 顔が熱くなり脳内でひええと悲鳴を上げた。
 どう反応すればいいんだとぎこちなく知臣の手を見下ろして、気づく。

「知臣さんて手も指も綺麗ですね」

 荒れた個所などひとつもなく滑らかで手入れが行き届いているのがよくわかる。

「そう?」

 知臣が手を引いたことにホッとする。
 しげしげと自分の手を見下ろす知臣に烈は頷いた。

「そうですよ、やっぱりピアニストだからですか?」
「まあ爪の手入れとハンドクリームは塗るかな」

 男の手が綺麗だなんて思ったのははじめてだった。
 烈は手入れなんてしたことがない。
 関心していると、知臣の優美な右手が烈の手をそっと取った。

「烈君も綺麗だよ」
「へ?俺は手入れなんてしてませんよ。それどころか水仕事でガサガサだし」

 言っていて手を取られているのが恥ずかしくなってきた。
 知臣の手から引き抜こうとすると、きゅっと握られてしまう。
 寒い冬の空気のなか、右手だけがじんわりと温かい。

「美味しいものを生み出す働き者の手だよ。凄く素敵だ」

 カアッと頬が熱くなるのを感じた。
 そんなことを言ってもらえるような大層な手ではない。

「そんな……いや、爪だって深爪だし、ささくれとかあるし、お世辞なんていいですって」

 恥ずかしさで早口にまくしたてると、右手だけでなく左手も取られてしまった。
 両手をそれぞれ知臣の手に包まれてしまっている。

「お世辞じゃないよ、この手でいろんなもの作り出してるんだ。深爪でささくれがあったって、僕は烈君の手は綺麗だと思うし好きだよ」

 青い瞳がまっすぐに見つめて告げるのに、烈はこれ以上ないくらい真っ赤になってしまっていた。
 パクパクと何かいわなければと口を動かすけれど、何も言葉が出てこない。

「ああでも、荒れたりしたら痛いよね」

 言うなり烈の手を離して知臣が自分のコートのポケットに手を入れる。
 取り出したのは、小さめの丸いケースだった。
 透明なその中には白いクリームのようなものが入っている。

「はいこれ」
「これは?」

 差し出されたそれに烈は首を傾げた。

「僕が使ってるハンドクリーム。小分けにしてる分だから少しだけど」
「え!そんなの貰うわけにはいかないです」
「家に帰れば沢山あるから」

 言いながら知臣はケースの蓋を開けると、クリームを指先ですくい取った。
 烈の手を再び手に取ると、そのクリームを塗りこんでいく。

「こうやって寝る前に塗るだけでも違うと思うから」

 知臣の大きな手がマッサージをするように烈の手を撫でる。
 長い指と温かい手は滑らかな触り心地だ。

(婆ちゃんと全然違う)

 烈の知っている手は祖母だけだ。
 ハンドクリームを塗り終わると、蓋を閉めたケースを知臣は烈に握らせた。

「それじゃあ時間だから」

 あっさりと離れた知臣に、烈は慌てて声をかけた。

「が、頑張ってください!」
「ありがとう」

 瞳を細めて微笑むと、知臣は颯爽と歩き去って行ってしまった。
 右手の中のケースを思わずじっと見てしまう。

「吃驚した……」

 左手で、先ほど知臣が触れた右手をそっと触る。

「婆ちゃん以外でこんなに触ったの、はじめてだ……」

 祖母の手は細くて折れそうだったのに、知臣の手は握る力も加減していても力強さを感じた。
 指先はピアニストだから固いのに、手の平はすべらかで。

「うわっなんかめちゃくちゃ恥ずかしい……」

 改めて思い出すと頬がまた熱くなる。

「あーもう」

 知臣の感触がまだ残っている手で、顔の熱さをごまかすように頬を隠した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨ 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

猫カフェの溺愛契約〜獣人の甘い約束〜

なの
BL
人見知りの悠月――ゆづきにとって、叔父が営む保護猫カフェ「ニャンコの隠れ家」だけが心の居場所だった。 そんな悠月には昔から猫の言葉がわかる――という特殊な能力があった。 しかし経営難で閉店の危機に……
愛する猫たちとの別れが迫る中、運命を変える男が現れた。 猫のような美しい瞳を持つ謎の客・玲音――れお。 
彼が差し出したのは「店を救う代わりに、お前と契約したい」という甘い誘惑。 契約のはずが、いつしか年の差を超えた溺愛に包まれて――
甘々すぎる生活に、だんだんと心が溶けていく悠月。 だけど玲音には秘密があった。
満月の夜に現れる獣の姿。猫たちだけが知る彼の正体、そして命をかけた契約の真実 「君を守るためなら、俺は何でもする」 これは愛なのか契約だけなのか……
すべてを賭けた禁断の恋の行方は? 猫たちが見守る小さなカフェで紡がれる、奇跡のハッピーエンド。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました

こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...