野心家令嬢の幼馴染はオカン属性の過保護でした

やらぎはら響

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 やっときた、この日が。
 新入生のために門扉が開かれた学園の入口で、リーゼロッテは腰に手を当てて立っていた。
 入ってすぐの広場にある噴水から噴き上がる水がキラキラ光っている。
 周りにはリーゼロッテと同じ白い制服を着た初々しい新入生がわらわらといるなか、十五になった少女は仁王立ちしてふんすと鼻息を荒くした。
 学園にいるティモシーとお近づきになれるのは、今日から彼の誕生日までだ。
 学年が違うので、そうそう会う機会もないだろうから気合も入るというものだ。
 さて、講堂に行くかときょろりと周囲を見回した時だった。

「リジー」

 聞き覚えのある声にそちらを振り向くと、すっかり背が伸びたクレメンスがにこりと笑いながら歩み寄ってきた。
 白い制服の上には魔法が使える魔法学科の生徒である証の、黒いローブを着ている。
 この学園は、普通科と魔法学科に分かれているのだ。
 当然、リーゼロッテは普通科だ。
 目の前まで来た男は、リーゼロッテよりもかなり綺麗な顔に成長したので内心面白くない。
 自分は結局、中の下な外見のままだったからだ。
 そばかすは消えなかったし、髪もくせ毛のままフィッシュボーンに編んでいる。
 クレメンスが歩いてくる方向の人垣が割れていくのが不思議だった。
 クレメンス本人は気にしたふうもなく歩いてくる。
 生徒の視線は何だか怯えのようなものが混じっていて、顔色の悪い者までいた。
 その中では「あれが侯爵家の化物」「炎でお茶会を駄目にしたことがあるって」などとヒソヒソ声が聞こえるけれど、リーゼロッテの耳には届かなかった。

「クレメンス、なんでここにいるの?」

 キョトンと目を丸くすれば、クレメンスは当たり前のように答えた。

「リジーの門出なんだから当然だろ」

 曇りなき眼だ。
 確か上級生は生徒会以外は休みのはずなのだが。

「ハンカチはちゃんと持ってきた?人が多いから気持ち悪くなったらすぐに教師に言うんだよ。迷子になったらすぐ近くの人に声をかけてね」
「私もう子供じゃないんだけど」

 思わず半眼を向けたが。

「リジーが寮だなんて心配だな。荷造りは解いたの?」
「……してない。トランクから出すの面倒くさくって」
「リジー……」

 はあ、思わず呆れたように溜息を吐くクレメンスだ。

「いいからあっち行って!」

 チラチラと新入生達がこらを見ていることに気付いたのと、これ以上の小言を避けるためにリーゼロッテはクレメンスの肩をぐいぐい押した。
「わかったよ、入学式で居眠りしないようにね」
 最後まで注意をするクレメンスに、リーゼロッテは早々に背を向けて、講堂へと向かったのだった。
 入学式は眠い。
 椅子に座って学園長だの理事長だのの、ありがたい言葉を子守唄にリーゼロッテはうとうとしていた。
 しかしさすがに寝るのはマズイと思い、ふあ、とあくびをひとつ噛み殺す。

「続いて生徒会長の言葉」

 そこでパチクリとリーゼロッテは目を開いて、檀上を見上げた。
 今の生徒会長はティモシーが務めていると、しっかりクレメンスに聞いている。
 ティモシーを見るのは彼が寮に入るまでの十五歳のときのお茶会以来だが、さてどんな人物になっているかと目を凝らした。
 檀上に上がってきたのは、いつかの銀髪の目をした少年の面影を残した男だった。
 制服の上にローブは着ていない。
 女の子にモテそうな甘い顔立ちは、けれど青年らしさをちゃんと兼ね備えている。
 その人物を見たリーゼロッテは、これは顔がいいのではないだろうかと結論を出した。
 正直外見に興味はなかったし、なんなら顔の良さではクレメンスを見慣れているので、キャーキャー騒ぐほどではない。
 けれど。

(生理的に駄目な奴になってたらどうしようかと思った)

 ほう、と胸をなでおろした。
 リーゼロッテの入学前に、正式にティモシーの婚約者候補として三名が選ばれたのだが、何の奇跡かリーゼロッテは選ばれた。
 聞いた時は小躍りしたものだ。
 ちなみにティモシー専属魔法使いの候補も三名に絞られたのだが、当たり前のようにクレメンスは選ばれている。
 それは予想していたことなので、リーゼロッテはおざなりにおめでとうと伝えておいた。
とにもかくにも、せっかくここまでおぜん立てされたのだから気合を入れ直すように、リーゼロッテは自分の獲物である王子殿下を見つめたのだった。
 そして入学式が終わった後、生徒会室にてティモシーと対面することになっている。
 そそくさと一度トイレへ消えると、リーゼロッテは少しでもそばかすが目立たなくなるように白粉をして薄いピンクの口紅を控えめに塗る。
 一度鏡を確認して、足早にリーゼロッテは未来の旦那様と再会を果たすべく生徒会室へと向かった。
 あらかじめ教えられていた生徒会室の飴色の扉をノックすると、はいと声が返ってくる。
 それに招かれて扉を開けると、何人かの生徒が室内にはいた。
 けれど、まっさきに視界に入れたのはもちろんティモシーだ。
 そしてついでにティモシーの横にいたクレメンス。
 リーゼロッテはにこっと笑みを浮かべてティモシーの前に来ると、ぺこりと頭を下げた。

「お久しぶりです殿下。再会を心より嬉しく思います」

 精一杯の愛想を振りまいたが。

「ああ、君はクレメンスの友人のリーゼロッテ嬢だね。久しぶり」

 よし、クレメンスのおかげでいい出だしだと思ったのとつかの間。

「リジー、化粧してるね、さっきはしてなかったのに。学校では必要ないし、何度も言うけどまだ子供の君の肌によくない。リジーは肌が強い方ではないだろ」

 眉根を寄せたクレメンスに出鼻をくじかれた。
 また小言か!とイラつきながらもティモシーの前なので根性で表情は変えなかった。

「では彼女達と顔合わせをしよう」

 ティモシーに促されて室内を見ると、見覚えのある者ばかりだった。
 金の髪に青い瞳のお人形のような可憐な姿のユリーアがまずは優雅に一礼する。

「婚約者候補のユリーア・ウォルウィッシュです」

 ぺこりと頭を下げた瞬間、さらりと金糸の髪が肩からこぼれる。
相変わらず飛び抜けた見た目だな、などと面白くない気持ちでリーゼロッテも頭を下げる。

「同じく候補のレイナ・ミンヘルトです」

 ユリーアの隣にいた少女が、お手本のような指先まで洗練された動作でお辞儀をする。
 淡いピンクのウェーブヘアにリーゼロッテと同じ緑の瞳の、これまたおとぎ話のお姫様のような外見だ。
 ユリーア同様、ビスクドールのように綺麗な肌がリーゼロッテのコンプレックスを刺激しまくりである。
 ついでに言えば、同じ緑の瞳なのに大きさが違うのも憤ってしまう。
 神様は不公平だ。
 ミンヘルトという名前は聞いたことがある。
 確かリーゼロッテと同じ伯爵家だったはずだ。
 同じ伯爵家でも見た目にだいぶ差がついてしまっている。
 ユリーアに至っては侯爵家という、後ろ立てが強い。
 これは二人とも強敵だ。
 何故自分が候補に残ったのか甚だわからないが、棚からぼたもち的なラッキーだとしても、必ず自分に引き寄せるぞと決意を新たにして挨拶をした。

「リーゼロッテ・レイーネです。同じく婚約者候補の一人になります」

 よろしくと返事を返される。
 そしてティモシーに目くばせをされたクレメンスが、いつものぼんやりした無表情でペコリと頭を下げた。

「殿下付き魔法使い候補のクレメンス・ウォルウィッシュです」

 ティモシーが窓際に立っていた、二人の人間に目をやった。
 二人とも制服の上に、クレメンスと同じ黒いローブを着ている。
 リーゼロッテが驚いたことに、一人は女だった。

「ジュリア・ラフラガです」

 黒い髪をゆるく巻いている彼女、ジュリアは何故か気の強そうな黒い瞳にあからさまな敵意を浮かべてリーゼロッテを見つめている。
(なんか見たことあるような……気のせいかな)
 まあ魔法使い候補ということは、ティモシー狙いではないだろうと、リーゼロッテは無視をすることにした。
そしてもう一人は、くすんだオレンジの髪に眼鏡をかけた、背の低いぽっちゃりした男だった。

「ズール・ルードガル……です」

 ぼそぼそと正直聞き取りづらい挨拶だ。
 その頬と言わず首まで真っ赤になって見ている先は、ユリーアだ。
 間違いなくユリーアに惚れているなと一目でわかる。
 王子の婚約者候補をあからさまに恋しい目で見ていいのだろうか。
 それぞれの挨拶が終わったところで、ティモシーが満足気に隣の男を見やった。

「ではクレメンス、図書室に付き合ってくれるか?」
「……はい」

 若干の間をおいて返事をしたクレメンスに、あ、こいつ面倒くさいんだな、とリーゼロッテは察する。
 だてに幼馴染はやっていない。
 それにしても。

(お人形さんが二人にクセの強いのが二人。邪魔されないようにしなくちゃ)

 婚約者候補とも魔法使い候補とも、なれ合う気はリーゼロッテにはなかった。
 それどころか友人を作る気さえない。
 自業自得だったとはいえ、いつ何をされるかわからない。
(前世みたいなのは、ごめんだわ)
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