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結局今日はティモシーとの接触を諦めてクレメンスと食堂前で別れると、久しぶりの満腹感にリーゼロッテはお腹をさすりながら教室へと戻ろうと足を向けた。
「ヤバ、図書室寄らなきゃ」
ご機嫌に足を進めていたけれど、課題で図書室の本が必要だったことを思い出した。
面倒くさいと思うけれど、課題をしないという選択肢はないので、しぶしぶリーゼロッテは図書室へと歩みを変えた。
扉を開けた図書室の中はもうすぐ昼休みが終わるということもあって、人気はなかった。
それをいいことにさっさと早足で目当てのジャンルの棚まで来て、目線を動かしながら背表紙をひとつひとつ確認していく。
「げ」
思わず淑女らしくない声が出たけれど勘弁してもらいたい。
目当ての本のタイトルが一番上の棚にあったのだ。
どう考えても脚立が必要だった。
面倒くさい。
はあと溜息をひとつ吐いて、リーゼロッテは思わず半眼になりながら本棚の横に置いてある小さな踏み台を手に抱えた。
脚立を使わずとも届くといいなと思う。
それをえっちらおっちらと運び目当ての本のある場所に置くと、よいせと三段目まで足を登らせた。
そしておもむろに手を伸ばし。
「うぐぅ」
届かなかった。
「やっぱり脚立じゃなきゃ無理か!」
ふぬぐぐと悪あがきで手を伸ばすけれど、あと三センチほどが届かない。
しかし脚立は借りるのも面倒くさいし、重くて運ぶのも大変だ。
もうこのままジャンプしてその勢いで取ってしまおう。
そんな乱暴な結論に至ってしまい。
「うりゃっ」
「リーゼロッテ嬢?」
ジャンプした瞬間、ティモシーの声が耳に届いた。
(うっそマジか!)
本には結局指が届かず、着地を踏み台の上にした瞬間バランスを崩した。
「ひぇっ」
このままでは無様にティモシーの前で転ぶと青ざめたリーゼロッテだったけれど。
「大丈夫か?」
ふわりとティモシーがリーゼロッテの体を抱き留めた。
(おおぅ姫抱き!)
思わず驚きの感想が頭に走る。
「こういう時は司書に言うといい」
「あ、ありがとうございます!」
ストンと足を絨毯に下ろされ立ち上がると、リーゼロッテは慌ててぺこりと頭を下げた。
「欲しかったのはこれかい?」
すいと難なく手を伸ばしてリーゼロッテが狙っていた本を取り、ティモシーが差し出した。
「はい、そうです」
それを両手で受け取りながらも。
(失敗したー!ガサツなのバレたかも!ヤバイー!)
にっこり笑ったリーゼロッテの心の中は頭を抱えてわめいていた。
「リーゼロッテ嬢はお転婆なんだな」
「い、いえ、ほほほ」
今さら取り繕うのもどうかと思ったけれど、一応上品に笑っておく。
「それじゃあ、私は奥に用事があるから」
「はい、助けてくださってありがとうございます」
ティモシーの背中が奥の本棚に消えていくと、一気にリーゼロッテは顔を顰めた。
「嫌なタイミングで会っちゃったな」
しかしお姫様抱っこなどというものをされたのは初めてだなと思う。
前世でもそんなことをされた記憶はない。
それにしては。
「何の感慨もないな」
バッサリと言い切れた。
ドキドキとか一ミリもしなかったので、もしかしたら自分には乙女心というものがないのではないかと疑問に思ってしまう。
「恋なんてしたことないもんな」
そんな暇があったら昔はお金を稼いでいたし、今も興味がまったくない。
「まあ必要なんてないけどね」
大事なのは安定した平穏な生活だ。
恋なんてあっても邪魔なだけだと肩をすくめて、リーゼロッテは本を借りるべく貸出しカウンターへと歩いて行った。
無事に本も借りられたので、教室に戻っていると、ぐいと右手を後ろから引っ張られた。
なんだと思って振り返ると。
「げ」
ズールが俯きがちにリーゼロッテの手首を握っている。
「なんの用でしょうか」
ぱっと手を振り払い、一歩距離を取る。
ズールは簡単に手を離すと、指を組んで自分の足元を見つめながらボソボソと聞こえるか聞こえないかで声を上げた。
「き、きみ、王子殿下に近づきすぎだと、思うんだ」
「……はあ?」
思わぬ言葉に思わずまぬけな声が出た。
ズールは一瞬びくりと肩を動かすと。
「さ、さっきも、殿下と距離、近かっただろ」
覗いていたのだろうかと驚くと同時に、純粋に気持ち悪い。
「だ、だから、殿下にはユリーアさんのような、人が、いいと思う……から、あんまり、近づかないでほしい」
ぼそぼそと自分には関係ないだろう婚約についての意見を言われて、リーゼロッテは思わず顔を顰めた。
「あなたユリーア嬢が好きなら殿下とくっつかない方が、いいんじゃないの?」
あきれたように言えば、がばりと顔を上げてズールはまくし立てた。
「俺には分不相応だって、わ、わかってるから、一番幸せになってほしいんだ!と、とにかく君と殿下の婚約だって不相応だ!ユリーアさんの邪魔をしないでくれよ!」
まくし立てるだけまくし立てると、ズールは脱兎のごとく走り去ってしまった。
残されたのは、ぽかんと目を丸くしたリーゼロッテ一人。
「……なんだったのあれ」
呆然と呟いたあと、ズールの言葉を思わず反芻する。
「分不相応、ね」
思わず自嘲的な苦笑が零れた。
「まあ、私に王子様なんてそうだよね」
リーゼロッテは自分を過大評価はしていない。
身分も外見も中身も釣り合わないのは分かっている。
それでも。
「未来の安泰のためだもの」
大事なのは傷つけられず、安心できる未来だ。
目を伏せて、しばらくそこにぼんやりとリーゼロッテは立ち尽くしていた。
とぼとぼと本を両手で抱えたまま廊下を歩いていると、近くの教室から男子生徒数人が出てきた。
どうやら仲間内の一人をからかっているらしく、品のない笑い声が廊下に響く。
歩いている生徒達も眉を顰めていた。
さっさと通り過ぎようとしたら。
「いい加減にしろよ!」
「はあ!ちょっとからかっただけだろ!」
「ふざけんな!」
急に喧嘩腰に怒鳴り合いをしだした。
思わず足がすくむ。
『金が返せない?ふざけんな!』
『仕事が終わらない?お前が無能だからだ!』
ぐわんぐわんと頭に怒鳴り声に重なるようにして、前世で言われた言葉が耳に響く。
立っていられなくてリーゼロッテは本を取り落とし、しゃがみ込んで震える手で両耳を塞いだ。
男子生徒の声はヒートアップしている。
とうとう体全体が小刻みに震えだしたとき、ふわりと体が浮いた。
驚いて顔を上げると、涙の滲んだ向こうにクレメンスの顔がある。
どうやらクレメンスの腕に抱き上げられているらしい。
「まだ耳塞いでて」
クレメンスの指示に、小さく頷きリーゼロッテは身を固めたまま耳を塞いだ。
黒いローブに顔を押しつけられると慣れ親しんだクレメンスの匂いがして、動揺がほんの少しずつ収まっていく。
「着いたよ」
クレメンスが連れてきてくれたのは救護室だった。
担当医の先生は留守らしく、奥にあるベッドへとそっと降ろされる。
それが何故か名残惜しいと感じた。
「……あり、がと」
「リジーは男性の大声苦手でしょ。通りかかってよかったよ」
おずおずと頷く。
女なら平気なのにと思いながら、迷惑をかけたことを謝ろうと思って顔を上げる。
何かいう前に頬に手をそえられて顔を覗き込まれた。
「顔色が悪い、しばらく休んでて。リジーの担任には伝えておくから」
頬からつたわる体温が温かい。
手の大きさと骨っぽさに、いつのまにこんなに男っぽくなっていたのだろうと、今更ながらに思った。
「それじゃあね」
「うん……ありがと」
優しく笑って救護室を出ていくクレメンスを見送って、ボスリとリーゼロッテはベッドにそのまま倒れ込んだ。
「クレメンス、私を抱き上げるくらい力あったんだ……」
ポツリと呟いた途端に、何だか頬が熱くなった。
さっきはティモシーに同じことをされても一切何とも思わなかったのに、やけにソワソワとしてしまう。
きっと幼馴染の知らなかった変化に驚いたんだろうと、リーゼロッテはベッドの上で両手で頬を包んでいた。
「ヤバ、図書室寄らなきゃ」
ご機嫌に足を進めていたけれど、課題で図書室の本が必要だったことを思い出した。
面倒くさいと思うけれど、課題をしないという選択肢はないので、しぶしぶリーゼロッテは図書室へと歩みを変えた。
扉を開けた図書室の中はもうすぐ昼休みが終わるということもあって、人気はなかった。
それをいいことにさっさと早足で目当てのジャンルの棚まで来て、目線を動かしながら背表紙をひとつひとつ確認していく。
「げ」
思わず淑女らしくない声が出たけれど勘弁してもらいたい。
目当ての本のタイトルが一番上の棚にあったのだ。
どう考えても脚立が必要だった。
面倒くさい。
はあと溜息をひとつ吐いて、リーゼロッテは思わず半眼になりながら本棚の横に置いてある小さな踏み台を手に抱えた。
脚立を使わずとも届くといいなと思う。
それをえっちらおっちらと運び目当ての本のある場所に置くと、よいせと三段目まで足を登らせた。
そしておもむろに手を伸ばし。
「うぐぅ」
届かなかった。
「やっぱり脚立じゃなきゃ無理か!」
ふぬぐぐと悪あがきで手を伸ばすけれど、あと三センチほどが届かない。
しかし脚立は借りるのも面倒くさいし、重くて運ぶのも大変だ。
もうこのままジャンプしてその勢いで取ってしまおう。
そんな乱暴な結論に至ってしまい。
「うりゃっ」
「リーゼロッテ嬢?」
ジャンプした瞬間、ティモシーの声が耳に届いた。
(うっそマジか!)
本には結局指が届かず、着地を踏み台の上にした瞬間バランスを崩した。
「ひぇっ」
このままでは無様にティモシーの前で転ぶと青ざめたリーゼロッテだったけれど。
「大丈夫か?」
ふわりとティモシーがリーゼロッテの体を抱き留めた。
(おおぅ姫抱き!)
思わず驚きの感想が頭に走る。
「こういう時は司書に言うといい」
「あ、ありがとうございます!」
ストンと足を絨毯に下ろされ立ち上がると、リーゼロッテは慌ててぺこりと頭を下げた。
「欲しかったのはこれかい?」
すいと難なく手を伸ばしてリーゼロッテが狙っていた本を取り、ティモシーが差し出した。
「はい、そうです」
それを両手で受け取りながらも。
(失敗したー!ガサツなのバレたかも!ヤバイー!)
にっこり笑ったリーゼロッテの心の中は頭を抱えてわめいていた。
「リーゼロッテ嬢はお転婆なんだな」
「い、いえ、ほほほ」
今さら取り繕うのもどうかと思ったけれど、一応上品に笑っておく。
「それじゃあ、私は奥に用事があるから」
「はい、助けてくださってありがとうございます」
ティモシーの背中が奥の本棚に消えていくと、一気にリーゼロッテは顔を顰めた。
「嫌なタイミングで会っちゃったな」
しかしお姫様抱っこなどというものをされたのは初めてだなと思う。
前世でもそんなことをされた記憶はない。
それにしては。
「何の感慨もないな」
バッサリと言い切れた。
ドキドキとか一ミリもしなかったので、もしかしたら自分には乙女心というものがないのではないかと疑問に思ってしまう。
「恋なんてしたことないもんな」
そんな暇があったら昔はお金を稼いでいたし、今も興味がまったくない。
「まあ必要なんてないけどね」
大事なのは安定した平穏な生活だ。
恋なんてあっても邪魔なだけだと肩をすくめて、リーゼロッテは本を借りるべく貸出しカウンターへと歩いて行った。
無事に本も借りられたので、教室に戻っていると、ぐいと右手を後ろから引っ張られた。
なんだと思って振り返ると。
「げ」
ズールが俯きがちにリーゼロッテの手首を握っている。
「なんの用でしょうか」
ぱっと手を振り払い、一歩距離を取る。
ズールは簡単に手を離すと、指を組んで自分の足元を見つめながらボソボソと聞こえるか聞こえないかで声を上げた。
「き、きみ、王子殿下に近づきすぎだと、思うんだ」
「……はあ?」
思わぬ言葉に思わずまぬけな声が出た。
ズールは一瞬びくりと肩を動かすと。
「さ、さっきも、殿下と距離、近かっただろ」
覗いていたのだろうかと驚くと同時に、純粋に気持ち悪い。
「だ、だから、殿下にはユリーアさんのような、人が、いいと思う……から、あんまり、近づかないでほしい」
ぼそぼそと自分には関係ないだろう婚約についての意見を言われて、リーゼロッテは思わず顔を顰めた。
「あなたユリーア嬢が好きなら殿下とくっつかない方が、いいんじゃないの?」
あきれたように言えば、がばりと顔を上げてズールはまくし立てた。
「俺には分不相応だって、わ、わかってるから、一番幸せになってほしいんだ!と、とにかく君と殿下の婚約だって不相応だ!ユリーアさんの邪魔をしないでくれよ!」
まくし立てるだけまくし立てると、ズールは脱兎のごとく走り去ってしまった。
残されたのは、ぽかんと目を丸くしたリーゼロッテ一人。
「……なんだったのあれ」
呆然と呟いたあと、ズールの言葉を思わず反芻する。
「分不相応、ね」
思わず自嘲的な苦笑が零れた。
「まあ、私に王子様なんてそうだよね」
リーゼロッテは自分を過大評価はしていない。
身分も外見も中身も釣り合わないのは分かっている。
それでも。
「未来の安泰のためだもの」
大事なのは傷つけられず、安心できる未来だ。
目を伏せて、しばらくそこにぼんやりとリーゼロッテは立ち尽くしていた。
とぼとぼと本を両手で抱えたまま廊下を歩いていると、近くの教室から男子生徒数人が出てきた。
どうやら仲間内の一人をからかっているらしく、品のない笑い声が廊下に響く。
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さっさと通り過ぎようとしたら。
「いい加減にしろよ!」
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ぐわんぐわんと頭に怒鳴り声に重なるようにして、前世で言われた言葉が耳に響く。
立っていられなくてリーゼロッテは本を取り落とし、しゃがみ込んで震える手で両耳を塞いだ。
男子生徒の声はヒートアップしている。
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驚いて顔を上げると、涙の滲んだ向こうにクレメンスの顔がある。
どうやらクレメンスの腕に抱き上げられているらしい。
「まだ耳塞いでて」
クレメンスの指示に、小さく頷きリーゼロッテは身を固めたまま耳を塞いだ。
黒いローブに顔を押しつけられると慣れ親しんだクレメンスの匂いがして、動揺がほんの少しずつ収まっていく。
「着いたよ」
クレメンスが連れてきてくれたのは救護室だった。
担当医の先生は留守らしく、奥にあるベッドへとそっと降ろされる。
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「……あり、がと」
「リジーは男性の大声苦手でしょ。通りかかってよかったよ」
おずおずと頷く。
女なら平気なのにと思いながら、迷惑をかけたことを謝ろうと思って顔を上げる。
何かいう前に頬に手をそえられて顔を覗き込まれた。
「顔色が悪い、しばらく休んでて。リジーの担任には伝えておくから」
頬からつたわる体温が温かい。
手の大きさと骨っぽさに、いつのまにこんなに男っぽくなっていたのだろうと、今更ながらに思った。
「それじゃあね」
「うん……ありがと」
優しく笑って救護室を出ていくクレメンスを見送って、ボスリとリーゼロッテはベッドにそのまま倒れ込んだ。
「クレメンス、私を抱き上げるくらい力あったんだ……」
ポツリと呟いた途端に、何だか頬が熱くなった。
さっきはティモシーに同じことをされても一切何とも思わなかったのに、やけにソワソワとしてしまう。
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