極彩色の恋

やらぎはら響

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 賞を取って一ヶ月後、揚羽は石動家の本宅で緊張の面持ちで今日のためにつくられたスーツを身に着けていた。
 今日は奈夏が当主に就任してからの最初の会合だ。
 揚羽を伴侶としてお披露目することになっている。
 目の前の襖の向こうには、末席に揚羽の父親も呼ばれている。

「大丈夫か?」

 同じくスーツに髪を撫でつけた奈夏が心配そうに顔を覗き込んでくるのに、揚羽は口元に笑みを浮かべた。

「うん、奈夏がいるから平気」

 本音を言えば緊張している。
 捨てられてから初めて対面するのだから。
 それでもきゅっと右手を握ってくれている存在が心強かった。

「そっか」

 ふわりと羽根のように軽いキスを額に受けると、襖の横に控えていた和也がいいか?と尋ねてきた。
 それにこくりと頷くと、奈夏が和也に目線を向ける。
 和也が開けた襖の向こうに奈夏に手を引かれて入って行くと、ざわざわとしていた空気がシンと静まった。
 自分よりはるかに老齢の者などもいるなかで、堂々と上座に向かい腰を降ろす奈夏は視線などどこ吹く風だ。
 揚羽がちらりと各家の上役達を見ると、以前自分を犯した男達数人が唇を震わせたり青くなったりしているのがわかる。
 奈夏に促されその隣に腰を降ろす。

「俺の婚約者であり番の揚羽だ」

 ざわりと室内に騒めきが溢れる。
 あれが?とか何故、などの声が聞こえるなか一人の男が呆然とした顔で立ち上がった。

「お前、どうして!いや、なんでもいい、奈夏様、私の息子がお気に召したのですね!」

 揉み手をしながらへこへこと腰を曲げて、愛想笑いを浮かべた父親が末席から奈夏の前までやってきた。
 権力が大好きな父親だ。
 捨てたはずの息子が当主に気に入られたら、途端に父親面することに揚羽はきゅっと眉根を寄せた。
 へらへらと笑う男は、揚羽の方など見てはいない。
 その様子に、奈夏が冷たい眼差しでひたりと父親を見据えた。
 その眼差しの強さに、ひるんだ父親が一歩後ずさりして悔しそうに一瞬歯噛みする。

「一応血の繋がりがあるし伝えることもあったから参加を許可したけど、言いたいことはひとつだけだ」
「言いたいこと?」

 何か利益になることかと喜色を父親が浮かべたが、次に奈夏が言った言葉は無情だった。

「音石とは断絶する。二度と石一族を名乗るな」
「なっ」

 突然の宣告に頭がついて行かないのだろう、父親がまぬけな声を返す。
 他の上役達はいっそう騒めきが大きくなり、断絶だって、何故だ、奈夏と父親を見比べている。
 その間の抜けた父親の顔を真っ直ぐに揚羽は見上げた。
 正座をした膝の上の手をきゅっと握りしめる。

「僕は音石家とは絶縁して石動家に嫁ぎます」

 奈夏の言葉には反応出来なかったけれど、揚羽の言葉には自分より弱者だと認識しているからだろうか。
 父親がみるみる顔を険しくさせた。

「断絶?絶縁?何を、そんなこと許されるわけ」
「当主は俺だ。俺の決定に従えないなら、やはり石一族にはいらない。二度と揚羽にも会わせる気はない」

 父親の怒鳴り散らす声を奈夏の冷静な声が遮る。
 どう転んでも、音石家に未来はないという宣言だった。
 きょろりと助けを求めるように視線を回したが誰も彼もが目を逸らすことに、自分はもうここにいる権利がなくなったのだと父親に突きつける。

「は、はは……」

 俯いたと思ったら漏れ出た笑い声。
 揚羽がどうしたのだろうと思った瞬間だった。
 バッと父親が顔を上げると、その目は爛々としている。

「こんな妊娠も出来ないオメガにご熱心だな!不妊のオメガなのに!」

 父親の言葉に、上役達がひそひそと喋りだした。

「不妊のオメガと番うのか?」
「跡目はどうする気だ?」

 聞こえてくる声は遠慮がない。
 奈夏がゆっくりと立ち上がり、アルファの威嚇のオーラが部屋中に迸る。
 その途端、ぴたりと話声が止まりみんな冷や汗をかきだした。

「妊娠は可能だ。ストレスと体の弱さが原因だったからな」
「そ、そんな、はずは」

 ガチガチと歯を鳴らしながらも、矜持を必死に保つためか父親がさらに唾を飛ばしてまくし立てる。

「あれだけアルファ共に犯させたのに」

 言われた瞬間、ぎゅっと揚羽は膝の上の手を白くなるまで握りしめた。
 本当は父親の前に出る必要はないし、今日も来なくても大丈夫だと言われた。
 それでも揚羽は自分の過去に決着をつけたくて、しぶる奈夏を説き伏せてついてきたのだ。

(大丈夫、言われるのはわかってた)

 唇が震えそうになるのを歯を食いしばって耐える揚羽を上役達の好機の目が貫いてくる。

「誰にでも股を開く淫乱が好みか」
「そうさせたのはお前だろ。それに揚羽は淫乱なんかじゃない」

 さすがにこれ以上は抑えられないというように奈夏がへたりこんでいる父親の胸倉を掴み上げた。
 振り上げられた右腕に、慌てて揚羽は立ち上がりその腕を必死に両手で止める。

「駄目だ!絵を描く大事な手なのに」

その言葉に奈夏がピタリと止まってくれたことに安堵すると、押さえていた手を離して父親を見つめた。
 あんなに怖かった父親が、奈夏が隣にいるというだけで対峙出来る。
 その強さをくれる存在が嬉しかった。
 スーツの内ポケットに手を入れて、いつかの手切れ金の入った通帳を取り出すと、揚羽はそれを父親へと投げ捨てた。

「僕はもうあなたの息子じゃない」

 言い放って、やっと解放された気分だった。
 すぐさま和也が手配した男達が座敷に来て父親を連れて行ってしまった。
 きっと、もう会うことはないだろうと思う。
 ほっと息を吐いた揚羽の手を握って、奈夏はそのまま座敷から出て行った。
 廊下に出てから、後からついてきた和也が襖を閉めた途端に中から騒めきが溢れ始める。
 何か色々言われるんだろうなと思って思わず苦笑してしまった。

「一発くらい殴ってもよかったんじゃないか?」

 和也が揚羽を気遣わしそうに見やれば、奈夏も不機嫌そうに頷いた。
 けれど。

「いいんだ、通帳を捨てただけでも僕は清々しい気持ちだよ」
「揚羽がそう言うならいいけどさ」

 ネクタイの結び目に指を入れながら奈夏が唇を尖らせる。

「僕のために怒ってくれてありがとう」
「音石は会社も取り上げるし、落ちぶれていく。あとは俺と籍を入れればお前は完璧に音石と関係なくなる」

 さらりと前髪をすかれて、もう何も自分を苛むものはないのだと思い揚羽はうんと微笑んだ。

「本当は籍だけでも入れておきたかったんだけどな」
「番になってからだ」

 ぼやく奈夏に、和也がハッキリと言い切る。
 和也いわく順序は大事だと言って聞かなかったのだ。

「変なとこ頭固いんだから」

 仕方ないなと兄の顔で肩をすくめる奈夏に、僕は傍にいられるならどっちでもいいよと揚羽が言えば、瞳をしんなりとさせて微笑まれた。

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