冥界の愛

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ハデス様におねだりしています。

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 裁きの間で出会った一人の女性と挨拶をしたコレーは、ヘカテーと一緒に外に出た。
 すると、そこにはケイロンが待っていてくれた。

 この後も仕事が残っているミノスに代わってまたケイロンがコレーの世話をしてくれるらしい。ミノスのピンチヒッターはここでお終いだった。

 ケイロンは早くハデスの元に向かいたがっている事情を、コレーから聞くと、半神半獣の自分の背に乗るように提案した。
 コレーは恥ずかしさもあったが、それよりも早く名前をもらいにハデスも元に行きたかったので背中に乗せてもらう事にした。
 

 河の船旅も素敵だったが、半馬身のケイロンは死者の川どころか全てを飛び越えた。ケイロンの背に翼こそ無いが素晴らしい脚力で飛び越えると言うよりほぼ飛んでおり、コレーはあっという間に冥府宮に帰って来た。

 ケイロンの背の上で風を切りながら初めての乗馬体験?駆け抜けたコレーは「すごく素敵でした!」と目をキラキラさせて興奮気味だった。
 ケイロンはコレーを地面に下ろしてこの後の事を

 「頑張って」と、声をかける。

 ケイロンに礼を述べて冥府宮へハデスに面会を申し込みに入っていく。

 

 冥府宮では、当然コレーの事情を理解していた。長くこの冥界の暗闇で苦しんだ一人の心優しい女性をコレーが救ってくれた事、そのあとハデス様に会いたがっての面会を希望していることが伝わっていた。



 ……伝わってるはずだった……   

 じゃあ、この構図は何だろう?

 確かに、すぐにハデス様本人と直接会えるなんて早々にはないだろう。特例だろう。



 しかし、これって御簾?
 
 黒いカーテンの様な物の向こうで椅子に座っているシルエットは確かにハデス様だろう。


 一緒に戻ってきたヘカテーは部屋を見て呆れ返っている。


 どこぞの高貴な深窓の令嬢か?

 いや、そう言えば神々の中でもハデス様は高貴な血筋のエリート中のエリートだが。

 その面会者は、お宅の弟の娘さんいわゆる姪に当たるのでは無いのか?
 なぜ、そのカーテン?御簾?越しの面会なのか?会うの嫌なの?

 と、色々と思案させらているヘカテー。
 呆れて右の頬がピクピクさせても冥界美人のヘカテーがカーテンの向こうで座ってるシルエット(ハデス)に告げる。


 
 「 我が主、冥界の王よ。お客人をお連れいたしました。」


 先日ヘルメスがゼウスの使者としてハデスと面会した謁見の間とは違い、やや小さめの部屋に案内された。

 コレーは、言われた椅子には腰掛けずに横に立ち、黒いカーテン越しのシルエット(ハデス)の前で首を垂れる。 
 
 すると、声がかけられた。


 「 私がここの責任者だ。」


(え?そうなんだ、責任者になるのか)


コレーは、面会をかなり緊張していたがそんな風に少し驚きやや緊張が溶けた。


 「よい。それに座ってくれ」

 と、椅子を指さされた。

 チラッと横を見るとヘカテーが大きく頷くのを見て腰掛けると、意を決してハデスに話した。


 「まずは、お忙しい中お時間をとっていただきありがとうございました。

 今回、この冥界にて迷いこんだ私を親切にもてなして頂きに有り難く思っております。また色々な方にご迷惑かけてしまい申し訳なくも感じております。」

 そうしてまた頭を下げるとカーテンの向こうから声がかかる。


 「界渡りに関しては、トラブル(誤作動)があったようで迷惑をかけているのはこちらの方だ。すまなかった。
 帰れるように手筈整えるまで、出来るだけ快適に過ごしてもらいたいと思うが何か不便はあるか?要望が有れば答えれる事は叶えよう。」


 冥界の王の声はもっともっと恐ろしいと思っていたが、低くよく通る声は意外にもコレーの耳に何故か懐かしく暖かく感じて優しく響いていた。
 その声に勇気をもらう形でお願いを声に出してみる。


 「恐れながら、お言葉に甘えさせて頂き、どうしても一つ欲しい物がございます。」

 
 言いながらコレーの中ではあまりの流れの良さに違和感を覚えていた。

 ここに来てしばらくは、この冥界の王とはなかなかと会えなかった。
 しかし今回は自分がどうしても願いを叶えて欲しいと思った時にはすんなりと面会ができて、しかも向こうから何か願いがないかと聞いてくれる。
 あまりにも都合良過ぎる展開に少しの違和感を飲み込んで続きを述べる。


 
 「 皆様と同じようにわたくしも冥界の王様とお呼びさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 「 ここの皆にもハデスと呼ばれている。そう呼んでもらってもいいが。」



 「 有り難き幸せ感謝いたします。
しかし、私には返す名前がございません。
 地上での名をこの胸の中に綺麗に忘れてしまい残っておりません。
 ここの皆様は、私の事をお嬢さんと呼んでくださいます。それが親しみを込めて呼んでもらえて、本当にここで良くして頂いて感謝しております。ご親切を全て忘れて帰る事が、こんなにも辛いとは思いもしませんでした。

 だからこそ、ここの皆様に対して名乗る名前を頂けないでしょうか?
 わたくしの本来の名前は色々と事情があるようで誰も教えてくれません。
 それに例え私が自ら思い出しても、ここでの世界、別世界で生きた証としての名前が欲しいのです。」



 「 どうか、冥界の王ハデス様。
 私に ここでの名をつけてください。
 名を賜りたくお願い申し上げます。」

 



ーーーーーーーーーーーーー



 ずっと後で聞いた事だが、実はケンタウロス族は普通余程の事が無いと特別な者しかその背に乗せないのだと。しかもケイロンはケンタウロス族ですらないのに。それを聞いた時に改めて赤面しケイロンに礼を言いに行った場面をたまたまハデスに見つかりそれはそれで大変だったエピソードはまた後日談で。
 
 それにと、
 
 今日のこの時の事をいつまでも忘れないとペルセフォネは何度も何度も振り返る。 
 あの時、一目惚れでなく一声惚れだったと。ハーデス様の低重音ボイスにやられたと。あれがイケボ?イケメンボイスなのかイケてないけど良いボイスなのか?御簾越しでシルエットイケメンだったけどね。
 あの後すぐにハデス様はイケメンボイスだとわかったこと。
 今でもあの黒レースカーテンを出してヘカテーさんと深層のお姫様ごっこで遊んでると、ハデス様が勘弁してくださいって言ってること。


 この日を何度も何度も幸せの1ページとして振り返る。
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