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出会えた幸せ
しおりを挟むそして、ゆっくりと私に近づき私の額にそっと手を置いた。手からぽわっとした光が流れて私の頭の中に流れ込んでくるのがわかった。
この人を、最後まで見つめていたい。出来るだけ長く目に焼き付けておきたい。例え記憶がなくなるにしても、この目にとどまらせたい。この耳にこの方の声を響かせていたい。
お願い何か喋って。 願いが通じた様に
「ペルセフォーネ」
愛しい声で呼んでくれて、短くなった黒い髪を撫でられる。
どうかお願い、まだ見させていて。この幸せをもう少しでいいから。そう懇願するが、忘却の術が効いてきて、意識がどんどんと遠ざかる。貴方の瞳に映る私の影が傾いていく。
もう 限界なんだわ
こんなに好きになってしまった。
せっかく出会えたのにもうお別れなんて。
今、お別れしなければいけないのなら、今、手放さないといけない感情なら、何故 出会ったのか?
初めから出会わなければこんなに辛い思いはしなかった? じゃあこの方に出会わない方が良かった?
いいえ、何度考えても何度この悲しみを繰り返したとしても。
あなたに 会いたい!
例え忘れてしまう事になっても、貴方に会えた事は、この先の私の何よりの幸せだったから。
だから、
「ハーデス様 ありがとう…ございま……」
そうして、私は完全に意識を手放した。
ハデス様の忘却の術は何の痛みも苦しむ事なく効いていった。
* * * *
いい香りがする と思って目が覚めた。目の前に香りの原因だろう白い可愛い花が植えられた鉢植えがあった。
壁に背をもたれかけて寝ていた様だった。
ここはどこだろう?
「気がつかれましたか?」
すぐ近くに人影があり声をかけられた。
「はい」
とりあえず 返事をすると、
「では、早速ですが 出発しますね。立てますか?」
立ち上がるのに、手を差し出してくれるが、やや小柄な方で躊躇ってしまう。
「大丈夫です。自分で立てそうです。ありがとうございます」
少しふらついたがなんとか壁に手をついて立ち上がった。
『ここは?あなたはだれ?』と不思議に思い目を向けると、
「貴方は問う事を、私は答える事を許されてはいません。ただ私の使命は貴方を家に帰す事、それだけです。決して悪い様にはしません。それだけは信じてください。」
私は無言で頷き返した。
「私の名やここの事は明かせませんが、無事にお家に帰れるようにしますので着いてきてもらえますか?」
「はい。どうしてか、ずっと帰らなければと思ってます。ここの方達は皆、優しい方だと知ってる気がします。連れていってください。案内お願いします。」
そう返事すると、その小柄な人は前を歩き出した。しばらく暗い洞窟の様な道を前と後ろで二人で進んだ。怖くはないがかなり暗くて足元も良く見えなかった。
そう言えば目が覚めて体を起こそうとした瞬間から、何故か体が重くて仕方なかった。どうして?急に?さっきまでと全然違うわ って思ってしまった。だけどさっき迄の、さっきがどうしていたのかは?すぐ前の記憶が全く覚えがなかった。
いつもの私なら『どうして?』『誰なの?』と、もっともっとと質問する。だけど、何故か納得してる自分がいた。
それにしても、前を歩いてる人が持っている花が気になって仕方なかった。
暗い石だらけのでこぼこ道を、その花の光で足下を照らしてくれている。思わず、
「綺麗で可愛い花ですね。いい匂いもするし」
と話しかけると
「道が悪いのでお持ちしてますが、貴女の為の花です。ただ、もう少ししたら向こうに渡るのに力を使ってしまうので、枯れてしまいますが。」
「え?枯れてしまうのですか?」
驚いて、思わず足下が疎かになり前につまずいた。両手両膝を地面に着いてしまった。
咄嗟に
「本当に急に動きにくく、身体が重いわ」 と、呟くと
「大丈夫ですか?」
と慌てて前からこちらに戻って来てくれる。
「大丈夫です。少し躓いただけですから。」
立ち上がりスカートの砂を払うと、流石に地面についた膝から薄ら血が滲んでいた。地味に痛いやつだわって思っていると、
「やはり結界が解かれたからー」と前方から寄ってきてくれた人が何か呟いていた。
「こんなのすぐ治るわ。大丈夫よ」
と、言ったが 他にもどこか傷ついていないかとあちこち見てくれる。
すると、
「ここも血がついてますよ。ほら右の足の付け根あたりに。本当に大丈夫ですか?」と言われてみると
「え?そこはなんとも無いですけど」
覚えのない赤い血が右の太腿の辺りに付いていた。
服の中を見ると、そこには赤い木の実が数個つぶれているのが見えた。覚えがないが服に入っていたんだろう。それが滲んで赤く小さなシミになったのだろう。
「大した傷ではありません」
何故か、とっさに誤魔化した。
「歩けますか?もう少しですよ。あと少しで境界につきますよ。」
「どこに着くんですか?」
「貴女の帰る、居るべき世界の境界です。そこを抜ければお知り合いの方がお迎えに来てらっしゃるはずですから、安心しますね。」
「私の知り合い…ですか?」
「はい。ゼウス様の御使いであられるヘルメス様です。デーメテール様がご心配されており迎えを寄越したのでしょう。」
「そう、ヘルメスが来ているの」
そう言いながら、足場の悪い暗い道を進んでいくと、目の前に何か色の付いていない壁の様な物が現れた。
そして、前を進んでいた小柄や方が私を振り返り、可愛い白い花の咲いた鉢植えを差し出した。
「この花を持って、その壁をお通りください。初めはやや弾かれた様な抵抗があるかもしれませんが、その花の力で前に進む様について行ってください。私の役目はここまでです。この透明な壁で見えませんがこの向こう側にはお迎えに来られてますから。
それと、必ず守ってもらわないといけない事ですが、いいですか?」
怖い顔をして詰め寄られるが、小柄なので斜め下からなのと、元々大きな目と大きな口の愛嬌のあるの怖がらせようとした顔なので迫力的には足りないかも?
思わずかわいいと思ってクスッと笑うと、
「本当に大事な事なんですよ」
と真剣な顔で怒られた。
「この壁を通っている間はこの花の光、力に集中して前に進んでください。決して振り返ってはいけません。良いですか?後ろを振り向いてはいけませんよ」
「はい。振り返りません。でも、
「でも、は無しです。絶対です。」
「わかりました。どんなに気になっても後ろは見ません。これで良いですか?」
「お守りください」
「振り返る話ではなくて、ですね。
さっき、この花は壁を越えるのに向こうまで持っていくとおっしゃってましたが、私が壁を越えるのにこの花の力を使うのですか?この子は死んでしまうのかしら?」
私の中で、この花がくたっと萎れてしまい、いくら力を流しても戻らないイメージが何故か浮かんでしまう。
「それはその花の役目なので仕方ないですね。無事に役目を終えるとこの花も報われるでしょう。」
「……」
「ぺ、 コレー様? 大丈夫ですか?もう、そこまで迎えが来てます。あんまり遅いと壁から入ってきてしまいそうなので、そろそろ行きましょう。」
「え?? ヘルメスはこの花が無くても壁を越えられるの?」
彼は『しまった』と、言う顔をしたが私は なおの事引き下がれない。この子を犠牲には、したくない。何をもって報われるのか?花の命は短くて一生懸命だ。どの花も咲いて散ってまた咲いて。一生懸命輝いてる命が花の美しさだ。
そして何より、この花には誰かの愛が込められている様だ。キラキラとかがやく光がその愛の大きさや深さだけでなく、その純粋さが可憐な花の力になっている。
いったい どんな素敵なひとがこの花にここまで愛を送ったのだろう。
この花だけは枯らす訳にはいかない。
そう思うと不思議に私もできる!と力があふれる。
「ヘルメスにできるならば。
私も、私の力でここを渡ります。『もう、私にもできる』と私の中で確信しています。このまま、枯らさずにこの花を持ちいかせてください。」
「構いませんが、きっと壁を この結界を、超えると枯れてしまう事になると思います。それで、良ければそのまま界を超える事は許されていると思います。私の命の範囲外です」
そう言いながら、可憐な白い花を渡された。
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