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いのちの味
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君の食べる姿が好きだった。
初めてはスイカ。君は初めてここに来た時、生い茂る牧草の中で太陽の光を浴びながら、口いっぱいにスイカをほおばっていた。まだ夏も始まったばかりだったこの日は心地の良い風が吹いていて、
「おいしいね」
と言いながらスイカを食べる君が何よりもいとおしく思えた。
「あなたはいつからここに住んでいるの?」
私が答えられずにいると、君は再び話し始めた。
「僕はね、今日からここで暮らすんだ。パパもママも遠いところに行ってしまったから。パパのお兄ちゃんが僕のお世話をしてくれるんだよ」
悲しそうに話す君に元気を出してもらいたくて。気が付けば君に寄り添っていた。
「ふふ、くすぐったいよ。励ましてくれるの。ありがとう」
君はそう言うとすっと立ち上がった。
「また来るね」
次はかき氷。大きな器に山のように盛られた真っ赤なかき氷。それを小さな両手で抱えて君はやってきた。走ってきたのだろう君はうっすらと汗をかいていて、その様子からまだ残る夏の香りを感じた。
「これはね、お姉ちゃんが作ってくれたんだ。お姉ちゃんはね、いとこっていうんだって」
そう言って君はまた私の隣に座って、かき氷を食べ始めた。一口また一口と、
「冷たいね」
「おいしいね」
と言いながら。そんな君を見ていると、私はまた胸がじんわりと温かくなった。
「あなたもこれを食べたら、僕とおそろいになるのかな」
そうつぶやくと君は口を開け、真っ赤に染まった舌を突き出した。
「でも、このかき氷は僕のだからね」
君はいたずらっぽく笑い、再び夢中になってかき氷を食べ始めた。
その次は栗。秋風が吹き始め、少し肌寒くなってきた頃に、君はかごに入った栗をうれしそうに持ってきた。
「僕がね、拾ったんだよ。あなたにどうしても見せたくて」
そう言って、かごをこちらに傾けて、中を見せてくれた。と同時に、かごの中の一つが転げ落ちてしまう。私が慌てて拾おうとするも、グシャッと音を立ててつぶれてしまった。
「あ、あなたのせいじゃないよ。ほら、こっちはね、お姉ちゃんが僕でも食べられるようにしてくれたの」
そう言って君は、丁寧に加工された栗の入ったタッパーを取り出した。そしてそのまま栗を口に入れると目を輝かせて、
「甘―い」
と声を上げた。君の手と比べたら大きな栗を口に入れるたびに目を輝かせる君は、とても無邪気に思えて、私も思わず笑みがこぼれた。
最後はうどん。秋も終わり、本格的に冬の寒さを感じ始め、私も部屋にこもることが多くなってきた。そのような時期にもかかわらず、君は元気よく私の部屋までやってきた。小さな器に盛られて湯気立つうどんを抱えて。
「あなたが、寒くて、寂しくないかなって、心配になって」
息を荒くしながら話す君は寒さのせいか、吐く息は白く、顔も赤く染まっていた。
「これはね、おうどんっていうんだよ」
そう教えてくれた君は、そのままおもむろにうどんを食べ始めた。
「あったかいね」
とつぶやきながら、かじかんだ手で、箸を持ち、少しずつ、ゆっくりとうどんを口に入れていく。
「こんなところで食べていたら、お姉ちゃんに怒られちゃうかな。でもね、あなたも、一緒のほうが嬉しいかなって思ったの」
そう言ってほほ笑む君のやさしさに心が温かくなった。それと同時に、ふと、明日のことを思い出し、妙に目が覚めた気持ちになると、私の目からは自然と涙があふれ出ていた。
「どうしたの。泣いているの。調子が悪いのかな。おじさんを呼んでこようか」
心配の声をかけてくれる君の温かさに触れ、私の涙はますます止まることがなかった。
翌朝、最後に見た君は泣いていた。いかないで、いかないでと泣き叫ぶ君を見ながら、私は連れられて行った。私を追いかけようとする君を止めているのがお姉ちゃんなのかな。お姉ちゃんは私に会いに来たことがなかったから。
「だから、私は今日、ついてくることはやめなさいって言ったのよ。そもそも、小屋に行くこと自体、反対だったの。出荷のとき、別れが、つらくなるから」
お姉ちゃんは君にそう言った。
「ほら、行くぞ」
そう言われて、私はまた歩き出した。行く先からは活気の良い声と同時に、仲間たちの苦しい悲鳴が聞こえる。死にたくない、死にたくないと叫んでいる。不思議と私の心は穏やかだった。死にゆく私の背に向かって叫び続ける君の声が聞こえる。私の目には、大粒の涙が浮かんでいた。
私、君の食べる姿が好きだった。
初めてはスイカ。君は初めてここに来た時、生い茂る牧草の中で太陽の光を浴びながら、口いっぱいにスイカをほおばっていた。まだ夏も始まったばかりだったこの日は心地の良い風が吹いていて、
「おいしいね」
と言いながらスイカを食べる君が何よりもいとおしく思えた。
「あなたはいつからここに住んでいるの?」
私が答えられずにいると、君は再び話し始めた。
「僕はね、今日からここで暮らすんだ。パパもママも遠いところに行ってしまったから。パパのお兄ちゃんが僕のお世話をしてくれるんだよ」
悲しそうに話す君に元気を出してもらいたくて。気が付けば君に寄り添っていた。
「ふふ、くすぐったいよ。励ましてくれるの。ありがとう」
君はそう言うとすっと立ち上がった。
「また来るね」
次はかき氷。大きな器に山のように盛られた真っ赤なかき氷。それを小さな両手で抱えて君はやってきた。走ってきたのだろう君はうっすらと汗をかいていて、その様子からまだ残る夏の香りを感じた。
「これはね、お姉ちゃんが作ってくれたんだ。お姉ちゃんはね、いとこっていうんだって」
そう言って君はまた私の隣に座って、かき氷を食べ始めた。一口また一口と、
「冷たいね」
「おいしいね」
と言いながら。そんな君を見ていると、私はまた胸がじんわりと温かくなった。
「あなたもこれを食べたら、僕とおそろいになるのかな」
そうつぶやくと君は口を開け、真っ赤に染まった舌を突き出した。
「でも、このかき氷は僕のだからね」
君はいたずらっぽく笑い、再び夢中になってかき氷を食べ始めた。
その次は栗。秋風が吹き始め、少し肌寒くなってきた頃に、君はかごに入った栗をうれしそうに持ってきた。
「僕がね、拾ったんだよ。あなたにどうしても見せたくて」
そう言って、かごをこちらに傾けて、中を見せてくれた。と同時に、かごの中の一つが転げ落ちてしまう。私が慌てて拾おうとするも、グシャッと音を立ててつぶれてしまった。
「あ、あなたのせいじゃないよ。ほら、こっちはね、お姉ちゃんが僕でも食べられるようにしてくれたの」
そう言って君は、丁寧に加工された栗の入ったタッパーを取り出した。そしてそのまま栗を口に入れると目を輝かせて、
「甘―い」
と声を上げた。君の手と比べたら大きな栗を口に入れるたびに目を輝かせる君は、とても無邪気に思えて、私も思わず笑みがこぼれた。
最後はうどん。秋も終わり、本格的に冬の寒さを感じ始め、私も部屋にこもることが多くなってきた。そのような時期にもかかわらず、君は元気よく私の部屋までやってきた。小さな器に盛られて湯気立つうどんを抱えて。
「あなたが、寒くて、寂しくないかなって、心配になって」
息を荒くしながら話す君は寒さのせいか、吐く息は白く、顔も赤く染まっていた。
「これはね、おうどんっていうんだよ」
そう教えてくれた君は、そのままおもむろにうどんを食べ始めた。
「あったかいね」
とつぶやきながら、かじかんだ手で、箸を持ち、少しずつ、ゆっくりとうどんを口に入れていく。
「こんなところで食べていたら、お姉ちゃんに怒られちゃうかな。でもね、あなたも、一緒のほうが嬉しいかなって思ったの」
そう言ってほほ笑む君のやさしさに心が温かくなった。それと同時に、ふと、明日のことを思い出し、妙に目が覚めた気持ちになると、私の目からは自然と涙があふれ出ていた。
「どうしたの。泣いているの。調子が悪いのかな。おじさんを呼んでこようか」
心配の声をかけてくれる君の温かさに触れ、私の涙はますます止まることがなかった。
翌朝、最後に見た君は泣いていた。いかないで、いかないでと泣き叫ぶ君を見ながら、私は連れられて行った。私を追いかけようとする君を止めているのがお姉ちゃんなのかな。お姉ちゃんは私に会いに来たことがなかったから。
「だから、私は今日、ついてくることはやめなさいって言ったのよ。そもそも、小屋に行くこと自体、反対だったの。出荷のとき、別れが、つらくなるから」
お姉ちゃんは君にそう言った。
「ほら、行くぞ」
そう言われて、私はまた歩き出した。行く先からは活気の良い声と同時に、仲間たちの苦しい悲鳴が聞こえる。死にたくない、死にたくないと叫んでいる。不思議と私の心は穏やかだった。死にゆく私の背に向かって叫び続ける君の声が聞こえる。私の目には、大粒の涙が浮かんでいた。
私、君の食べる姿が好きだった。
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