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第四章 聖戦
第百十五話 忍び寄る伏兵
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--夕刻。トラキアの州都ツァンダレイ 近郊
巨大な木々は、空中に浮かんでいた。
樹齢千年は越えているであろう大木の樹冠をいくつも跨るようにその城は築かれていた。
空中に浮かぶ大木も城も魔法により不可視化され、通常ならば人目に触れることは無い。
大木の根の中心に魔法の青白い光を放ち続ける巨大な六角柱の魔力水晶の塊が見える。
新大陸にあるダークエルフ達の王国、魔導王国エスペランサが誇る空中移動要塞『静寂の要塞』であった。
城の中央にある豪華な居館の『謁見の間』に十人程の者達が集まっていた。
玉座に座っているのは、褐色の肌に尖った耳、意匠を凝らしたミスリルの鎧を身に付け、レイピアを腰から下げている。
ダークエルフの魔法騎士、シグマ・アイゼナハトであった。
傍らには、同じくダークエルフの二人の従者が控えている。
三人の前に居るのは、ブクブクに肥ったガマガエルのような醜い商人の男。
奴隷商人ヴォギノ・オギノ。
元バレンシュテット革命党の書記長にして、バレンシュテット共和国・革命政府首班の男であった。
ヴォギノに対峙するように立つ、数人の人間の軍人達。
ソユット軍の別動隊を率いる将軍十一号と、その部下たちであった。
玉座に座るダークエルフのシグマは、足を組み、玉座のひじ掛けに右肘をつくと右手の上に顎を乗せ、ソユット軍の軍人達に冷たく告げる。
「メフメトの王宮から、お前達をここまで運ぶのは、契約には含まれていない。これは別料金だぞ?」
将軍十一号が苦々しく答える。
「運搬費用は、シゲノブ一世陛下がお支払い下される」
シグマが将軍十一号達を見下しながら告げる。
「着いたぞ。ツァンダレイだ。この城を出て地上に降り立つと、お前達の姿は、敵からも見えるようになる。・・・せいぜい頑張るんだな」
将軍十一号は、短く答える。
「判っている。では、失礼する。・・・行くぞ、お前達」
シグマが口を開く。
「お前達が降りたら、この城は移動する。ここには戻れないぞ」
将軍十一号は、背を向けたまま答える。
「判っている」
将軍十一号は、部下達を連れて『謁見の間』を後にする。
謁見の間には、シグマと二人の従者、奴隷商人のヴォギノが残る。
シグマが口を開く。
「クックックッ・・・。ヴォギノ。よくやった。あんな失敗作の合成獣を食人鬼と同じ値段でソユットの皇帝に売りつけるとはな」
ヴォギノが答える。
「はっはっは。恐縮です。・・・あれでも、一見、強そうに見えますからな」
シグマが続ける。
「あれは、奴隷の人間と、切り刻んだ巨人の身体の一部とを錬成した合成獣だ。・・・人間でもなければ、巨人でもない。・・・人間ほど聡くも無ければ、巨人ほど大きくも力も強くない。錬成で知能も人間から退化して、出来る事と言えば、せいぜい棍棒を振り回すくらいだろう。・・・使い道の無い失敗作だ」
ヴォギノが答える。
「でも、まぁ、売れましたな」
『静寂の要塞』は、以前、トラキア連邦とバレンシュテット帝国の国境に広がる原生林に霊樹の森と共に潜んでいたが、トラキア戦役によって新大陸にある魔導王国エスペランサ本国に逃れていた。
(※詳細は『アスカニア大陸戦記 ユニコーンの息子達Ⅰ 人間と亜人の仲間たち』を参照)
しかし、ダークエルフ達は、不可視化できる空中移動要塞『静寂の要塞』を使い、奴隷商人ヴォギノを仲介して、アスカニア大陸の国々と影で取引していたのだった。
偵察任務はアレク達のシフトになり、アレク達、平民組二年生の四個小隊は、飛空艇でユニコーン・ゼロの飛行甲板から飛び立つと、それぞれの小隊が分担する偵察地域へと向かう。
アレク達は、半時ほど偵察飛行を続け、帝国魔界兵団とソユット軍第十陣が戦闘した跡地に差し掛かる。
極めて強力な魔法で焼け焦げた跡地と、街道沿いに散らばるソユット軍兵士の遺骸を見て、アレク達は皆、閉口する。
分担した地域の偵察を終えたアレク達は、帰投するべく州都ツァンダレイに向かう。
ツァンダレイが見えてきたところで、ルイーゼが異変に気が付く。
「アレク、あれ! 見て!!」
アレクはルイーゼが指し示す先、州都ツァンダレイの城壁の東側を見るが、判らなかった。
アレクが訝しむ。
「・・・ルイーゼ。何かあるの??」
ルイーゼは真剣であった。
「アレク! 城壁の東側よ! 良く見て! 何か居る!!」
アレクはルイーゼに言われた通り、ルイーゼが指し示す城壁の東側、地表スレスレの位置に目を凝らす。
一見、パッと見ただけでは判らない。
しかし、ルイーゼの言う通りであった。
『何か』が居る。
城壁の東側、地表スレスレの位置に、ガラスよりも透明な、巨大な球状の『何か』が居る。
『何か』が居る空間を通して見る景色が、その他の景色に比べて、若干歪んで見える。
『何か』が居て、光を屈折させている。
それは、アレクにも理解できた。
アレクも叫ぶ。
「ルイーゼ! 確かに『何か』が居る!! 全機、警戒態勢!!」
「了解!」
ルイーゼは、アレクからの指示を手旗信号で僚機に伝える。
アルは、先頭を飛ぶアレク達から『警戒態勢』の手旗による指示を受け、訝しむ。
「アレクの奴、『警戒しろ』って・・・? 何に警戒するんだ??」
ナタリーが叫ぶ。
「アル! 一時の方向、地表を見て!!」
アルは、ナタリーの指示する方向を見る。
一見、何もない空間から、次々と巨人兵達が地上に飛び降りてくるように現れる。
突然、現れた三メートルほどの巨躯の戦士達は皆、腰布一枚の姿で、手には棍棒を持っていた。
そして、最後に将校らしき者達が現れる。
孔雀のような二本の羽根を兜に付け、緑一色の貫頭衣を着た将校。
将校に続く護衛が旗を掲げる。
それは、ソユット帝国の軍旗であった。
(まさか? 州都のこんな近くに!?)
アルが叫ぶ。
「敵だ! ナタリー、赤の信号弾を!!」
「了解!!」
ナタリーは、発射装置から赤の信号弾を打ち上げる。
信号弾は、甲高い発射音の後、空に打ち上げられ、赤色の煙を吐きながら空に弧を描いて飛んでいく。
赤の信号弾を見たトゥルムが呟く。
「緊急事態!? アル、何があった??」
エルザが叫ぶ。
「トゥルム! 一時方向! ナタリーが指差す先よ! 敵だわ!!」
赤の信号弾を見たドミトリーが呟く。
「・・・緊急事態だと!?」
ナタリーのハンドサインを見たナディアが告げる。
「ドミトリー。一時方向に敵が現れたわ!!」
アレク達の前に将軍十一号が率いるソユット軍の別動隊がその姿を現したのであった。
巨大な木々は、空中に浮かんでいた。
樹齢千年は越えているであろう大木の樹冠をいくつも跨るようにその城は築かれていた。
空中に浮かぶ大木も城も魔法により不可視化され、通常ならば人目に触れることは無い。
大木の根の中心に魔法の青白い光を放ち続ける巨大な六角柱の魔力水晶の塊が見える。
新大陸にあるダークエルフ達の王国、魔導王国エスペランサが誇る空中移動要塞『静寂の要塞』であった。
城の中央にある豪華な居館の『謁見の間』に十人程の者達が集まっていた。
玉座に座っているのは、褐色の肌に尖った耳、意匠を凝らしたミスリルの鎧を身に付け、レイピアを腰から下げている。
ダークエルフの魔法騎士、シグマ・アイゼナハトであった。
傍らには、同じくダークエルフの二人の従者が控えている。
三人の前に居るのは、ブクブクに肥ったガマガエルのような醜い商人の男。
奴隷商人ヴォギノ・オギノ。
元バレンシュテット革命党の書記長にして、バレンシュテット共和国・革命政府首班の男であった。
ヴォギノに対峙するように立つ、数人の人間の軍人達。
ソユット軍の別動隊を率いる将軍十一号と、その部下たちであった。
玉座に座るダークエルフのシグマは、足を組み、玉座のひじ掛けに右肘をつくと右手の上に顎を乗せ、ソユット軍の軍人達に冷たく告げる。
「メフメトの王宮から、お前達をここまで運ぶのは、契約には含まれていない。これは別料金だぞ?」
将軍十一号が苦々しく答える。
「運搬費用は、シゲノブ一世陛下がお支払い下される」
シグマが将軍十一号達を見下しながら告げる。
「着いたぞ。ツァンダレイだ。この城を出て地上に降り立つと、お前達の姿は、敵からも見えるようになる。・・・せいぜい頑張るんだな」
将軍十一号は、短く答える。
「判っている。では、失礼する。・・・行くぞ、お前達」
シグマが口を開く。
「お前達が降りたら、この城は移動する。ここには戻れないぞ」
将軍十一号は、背を向けたまま答える。
「判っている」
将軍十一号は、部下達を連れて『謁見の間』を後にする。
謁見の間には、シグマと二人の従者、奴隷商人のヴォギノが残る。
シグマが口を開く。
「クックックッ・・・。ヴォギノ。よくやった。あんな失敗作の合成獣を食人鬼と同じ値段でソユットの皇帝に売りつけるとはな」
ヴォギノが答える。
「はっはっは。恐縮です。・・・あれでも、一見、強そうに見えますからな」
シグマが続ける。
「あれは、奴隷の人間と、切り刻んだ巨人の身体の一部とを錬成した合成獣だ。・・・人間でもなければ、巨人でもない。・・・人間ほど聡くも無ければ、巨人ほど大きくも力も強くない。錬成で知能も人間から退化して、出来る事と言えば、せいぜい棍棒を振り回すくらいだろう。・・・使い道の無い失敗作だ」
ヴォギノが答える。
「でも、まぁ、売れましたな」
『静寂の要塞』は、以前、トラキア連邦とバレンシュテット帝国の国境に広がる原生林に霊樹の森と共に潜んでいたが、トラキア戦役によって新大陸にある魔導王国エスペランサ本国に逃れていた。
(※詳細は『アスカニア大陸戦記 ユニコーンの息子達Ⅰ 人間と亜人の仲間たち』を参照)
しかし、ダークエルフ達は、不可視化できる空中移動要塞『静寂の要塞』を使い、奴隷商人ヴォギノを仲介して、アスカニア大陸の国々と影で取引していたのだった。
偵察任務はアレク達のシフトになり、アレク達、平民組二年生の四個小隊は、飛空艇でユニコーン・ゼロの飛行甲板から飛び立つと、それぞれの小隊が分担する偵察地域へと向かう。
アレク達は、半時ほど偵察飛行を続け、帝国魔界兵団とソユット軍第十陣が戦闘した跡地に差し掛かる。
極めて強力な魔法で焼け焦げた跡地と、街道沿いに散らばるソユット軍兵士の遺骸を見て、アレク達は皆、閉口する。
分担した地域の偵察を終えたアレク達は、帰投するべく州都ツァンダレイに向かう。
ツァンダレイが見えてきたところで、ルイーゼが異変に気が付く。
「アレク、あれ! 見て!!」
アレクはルイーゼが指し示す先、州都ツァンダレイの城壁の東側を見るが、判らなかった。
アレクが訝しむ。
「・・・ルイーゼ。何かあるの??」
ルイーゼは真剣であった。
「アレク! 城壁の東側よ! 良く見て! 何か居る!!」
アレクはルイーゼに言われた通り、ルイーゼが指し示す城壁の東側、地表スレスレの位置に目を凝らす。
一見、パッと見ただけでは判らない。
しかし、ルイーゼの言う通りであった。
『何か』が居る。
城壁の東側、地表スレスレの位置に、ガラスよりも透明な、巨大な球状の『何か』が居る。
『何か』が居る空間を通して見る景色が、その他の景色に比べて、若干歪んで見える。
『何か』が居て、光を屈折させている。
それは、アレクにも理解できた。
アレクも叫ぶ。
「ルイーゼ! 確かに『何か』が居る!! 全機、警戒態勢!!」
「了解!」
ルイーゼは、アレクからの指示を手旗信号で僚機に伝える。
アルは、先頭を飛ぶアレク達から『警戒態勢』の手旗による指示を受け、訝しむ。
「アレクの奴、『警戒しろ』って・・・? 何に警戒するんだ??」
ナタリーが叫ぶ。
「アル! 一時の方向、地表を見て!!」
アルは、ナタリーの指示する方向を見る。
一見、何もない空間から、次々と巨人兵達が地上に飛び降りてくるように現れる。
突然、現れた三メートルほどの巨躯の戦士達は皆、腰布一枚の姿で、手には棍棒を持っていた。
そして、最後に将校らしき者達が現れる。
孔雀のような二本の羽根を兜に付け、緑一色の貫頭衣を着た将校。
将校に続く護衛が旗を掲げる。
それは、ソユット帝国の軍旗であった。
(まさか? 州都のこんな近くに!?)
アルが叫ぶ。
「敵だ! ナタリー、赤の信号弾を!!」
「了解!!」
ナタリーは、発射装置から赤の信号弾を打ち上げる。
信号弾は、甲高い発射音の後、空に打ち上げられ、赤色の煙を吐きながら空に弧を描いて飛んでいく。
赤の信号弾を見たトゥルムが呟く。
「緊急事態!? アル、何があった??」
エルザが叫ぶ。
「トゥルム! 一時方向! ナタリーが指差す先よ! 敵だわ!!」
赤の信号弾を見たドミトリーが呟く。
「・・・緊急事態だと!?」
ナタリーのハンドサインを見たナディアが告げる。
「ドミトリー。一時方向に敵が現れたわ!!」
アレク達の前に将軍十一号が率いるソユット軍の別動隊がその姿を現したのであった。
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