アスカニア大陸戦記 英雄の息子たち

StarFox

文字の大きさ
13 / 63
第二章 士官学校

第十三話 貴族組とジークフリート

しおりを挟む
 アレクたちのいる階段の踊り場に向けて、二階から集団が階段を降りてくる。

 先頭にいるオカッパ頭、瓶底眼鏡びんぞこめがね、出っ歯で小柄のネズミのような、神経質そうな小男が口を開く。

「どけ! どけぃ! 賤民せんみんの分際で! 身の程を知れ!」

 先輩学生の一人が口を開く。

「チッ! 貴族組か!」

 先輩学生たちは、短く舌打ちしてそう言うと、ルドルフを残してその場から立ち去って行った。



 先輩学生の言葉を聞いたアレクが呟く。

「貴族組……」

 先頭にいるオカッパ頭の男が突っ立ったままのアレクに詰め寄る。

「なんだ? 貴様は?? どけ!」

 アレクは言い返す。

「……お前は?」

 オカッパ頭の男がアレクの胸を指で突っ付きながら告げる。

「貴様! 知らないのか? では、教えてやろう! 我こそは誇り高き帝国貴族! ヨーイチ男爵家の跡取りであるキャスパー・ヨーイチ三世とは、この私の事だ! 叔父上からこの名を継いだ時は、感動にこの身が震えたわ! 判ったら道を開けろ! この賤民せんみんが!」

 貴族組のキャスパー男爵が帝国第二皇子であるアレクの顔を知らないのも無理はなかった。

 士官学校の貴族組に入っている多くの貴族の子弟たちは、帝室への謁見や皇宮への参内さえ許されていない下級貴族の家柄である。

 上流貴族は、兵役免除特権を持っているため、そもそも士官学校や軍隊には来ない。

 極稀に上流貴族も士官学校に入学するが、それは皇太子ジークフリートの護衛を務めるソフィアやアストリッドなど、例外的な事例であった。

「アレク、こっちへ」

 アルがアレクの肩に手を置き、アレクを階段の踊り場に引き寄せると、そっと耳打ちする。

「先輩たちも貴族組と揉めるのは避けているようだな」

 ルイーゼとナタリーが床に這いつくばっているルドルフを抱き起こして、階段の踊り場の端に連れていく。

 ルドルフは、自分を抱き起こしたルイーゼに告げる。

「くっ……誰が助けてくれと頼んだ? 頼んだ覚えは無いぞ」

 ルイーゼが答える。

「貴方の仲間が助けを求めてきたわ」

 ルドルフは、自嘲気味に二人に話す。

「先輩たちがオレに絡んだ途端にバックレるような連中が仲間だと? 笑わせるな」



 貴族組の集団は、踊り場の端に身を寄せたアレクたちを一瞥すると、我が物顔で階段と踊り場の中央を通って歩いていく。

 その貴族組が、突然、歩みを止めた。

 アレクたちの前にいる貴族組の生徒が呟く。

「ん? どうしたんだ?」

「誰か、前から来たみたいだぞ?」

 少しすると、貴族組の先頭から順に、綺麗に中央から左右に隊列が割れる。

 そして、貴族組は、廊下と階段の端に身を寄せると、階段と廊下の中央に向かって片膝を着き、最敬礼を取る。

 貴族組の異変を目の当たりにしたアレクたちが驚く。

 アレクがアルに尋ねる。

「前から誰が来たんだ? 何が始まるんだ?」 

「さぁ?」



 貴族組は、前から左右に別れて廊下と階段の端に身を寄せ、中央に向けて最敬礼を取る。

 その貴族組の中央を歩くのは、護衛の二人の女を連れたアレクの兄である皇太子ジークフリートであった。

 兄のジークは、貴族組が跪く中を悠然と歩いていた。
 
 アルが傍らのアレクに耳打ちする。

「すげぇ……皇太子ジークフリート殿下……まるで皇帝カイザーだ」

 アレクはアルの傍らで、跪く貴族組の後ろから皇帝カイザーのように振る舞う兄のジークを見詰める。

(兄上……)

 ジークは、アレクの前まで来ると立ち止まり、アレクを見詰める。

 ジークとアレクの間にいた貴族組の生徒は、ジークの視線を避けるように、その場から立ち退いていく。

 ジークが立ち止まった途端、貴族組の先頭からキャスパーがアレクたちの元へ駆け寄ってきて、アレクたちに告げる。

「こらっ! 貴様ら! 皇太子ジークフリート殿下の御前であるぞ! 跪かんか! 無礼な賤民共が!」

 ジークは、右手を軽くかざしてキャスパー男爵を制止する。

 キャスパーは、ジークに深々と頭を下げると、一歩、後ろに下がる。

 ジークが周囲に告げる。

「こやつと話がしたい。他の者は外せ」

 キャスパーがジークに意見を言う。

「皇太子殿下! 何も、このような賤民を御自ら相手になさらずとも……」

 ジークは、キャスパーを横目で見下しながら再び告げる。

「外せ」

「ははっ!」

 キャスパーはジークに深々と頭を下げると、周囲に目配せする。

 すると、貴族組は、アレクたちとジークたちを避けるように階段を降りて、潮が引くように去っていった。

 アレクも小隊の仲間たちに告げる。

「君たちも外してくれ」

 アルがアレクに尋ねる。

「……大丈夫か?」

「大丈夫だ」

 アレクとルイーゼを除いた小隊の仲間たちもその場を離れていく。

 ルドルフは、ナタリーに肩を借りながら歩いて行った。



 階段の踊り場にいるのは、アレクとルイーゼ、ジークとソフィア、アストリッドの五人になった。

 ルイーゼは、ジークに向かって片膝を着いて最敬礼を取る。

 ジークは、アレクに歩み寄ると口を開く。

「……貴様。士官学校への入学初日から補給処で乱闘騒ぎを引き起こすとは、どこまで父上と母上の顔に泥を塗るつもりだ?」

 アレクは答える。

「そんなつもりじゃ……」

 次の瞬間、ジークの右の正拳がアレクの顔を捕らえる。

 アレクは、立て続けに左の脇腹にも蹴りを受ける。

「ぐうっ……」

 その様子を見ていたルイーゼはジークに懇願する。

「殿下! 何卒、おやめ下さい! 殿下!」

 ジークは、懇願するルイーゼを無視してアレクを蹴り続け、連続でジークの蹴りを受けたアレクは、床に這いつくばる。

 ジークは、アレクの頭を踏み付けながらアレクに告げる。

「……お前は私の手で始末したほうが良いかもしれんな」

 ジークのラインハルト譲りの冷酷な目が、足の下のアレクに向けられる。

 アレクを見下すジークの目を見たルイーゼは、首の後から背中に掛けて鳥肌が立つ。

(本気だ! ジーク様は、本気でアレクを殺す気だ!)



 ジークの殺意を悟ったルイーゼの身体が反射的に動く。

 ルイーゼは、懐に隠していた短剣を逆手に持ってジークに斬り掛かる。

 ジークは、ルイーゼの攻撃を察知し、その場から大きく後ろに飛び退いて躱す。

 ジークの傍らにいたソフィアは、すかさず腰の長剣を抜いてルイーゼに斬り掛かり、斬り結ぶ。

 次の瞬間、ジークを挟んでソフィアの反対側にいたアストリッドも長剣を抜いてルイーゼに斬り掛かる。

 ルイーゼは、素早く後方転回してアストリッドの斬撃を躱すと、床から起き上がろうとするアレクを背中に庇い、三人に向かって短剣を構える。



 アレクとルイーゼに向かって長剣を構えるソフィアとアストリッドの間に、後ろに下がったジークが歩いて来る。

 ジークは、ルイーゼを睨み付けたまま、静かに告げる。

「……この私に剣を向けるとは。メイドの分際で」

 そう告げるとジークは、父ラインハルトから譲り受けた魔力が付加されたサーベルを腰の鞘から抜いた。



 床から起き上がったアレクは顔を上げ、兄のジークを正視する。

 アレクは、強烈な殺気を放つ兄ジークの姿に戦慄を覚える。

 アレクの全身に冷たい汗が吹き出る。

(まずい! 兄上は本気だ! ルイーゼが殺される!) 

 抜剣して戦闘態勢に入った上級騎士パラディンのジーク。

 長剣を構える竜騎士ドラゴンナイトのソフィアと魔法騎士ルーンナイトのアストリッド。

 武装して戦闘態勢の上級職三人対して、中堅職の二人は、騎士ナイトのアレクは丸腰、暗殺者アサシンのルイーゼは短剣のみであった。

 アレクたちの勝算は皆無に等しい。二人が逃げ切れない事も明らかであった。



 アレクは、必死に開いた右手をジークに向けて伸ばしながら夢中で叫ぶ。

「待て! 待ってくれ、ジーク! 兄上! 彼女はオレの女だ! 殺さないでくれ! 頼む!」

 アレクの言葉にジークはピクッと反応すると、アレクを見て呟く。

「『オレの女』……?」 

 アレクは、必死で続ける。

「兄上! 殺すならオレを殺せ! 頼む! このとおりだ!」

 アレクは、両手を床に着いて土下座すると、額を床に着け、必死にジークに懇願した。
 
 

 ジークは、一呼吸の間、アレクの土下座を見守ると口を開いた。

「『オレの女』……そういう事か」

 そう言うとジークは高笑いし、抜剣していたサーベルを腰の鞘に仕舞う。

 ジークの傍らのソフィアとアストリッドは、ジークの豹変ぶりを訝しんでその顔色を伺う。

「ジーク様……?」

 ジークは、戦闘態勢を解いてアレクの前で片膝を着くと、優しくアレクに話し掛ける。

「お前に『彼女』が出来たか。アレク」

 アレクが両手を着いて土下座したままジークの顔を見上げると、ジークはアレクに微笑み掛けていた。

 アレクが長年、見ていなかった兄の笑顔であった。

 ジークは続ける。

「……仲間は全力で守れ……恋人は今のように捨て身で守れ……良いな?」

 アレクは無言で頷く。

 ジークは立ち上がって振り返ると、従者の二人、ソフィアとアストリッドに告げる。

「行くぞ!」

 二人は抜剣していた長剣を腰の鞘に仕舞うと、ジークに一礼して、去っていくジークの後を付いて行く。

 ルイーゼは、緊張が解けてアレクの隣にへなへなと座り込む。

「……助かったんですね。私たち」

「ああ」

 アレクは、その場から去っていく兄ジークの背中を見詰めていた。

(……まだ、遠い……上級騎士パラディン……だが、届かない訳じゃない!)
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。 ​「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」 ​「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」 ​「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

処理中です...