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領主とサキュバス
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「やっほー領主様☆ 久しぶり~」
「……また来た」
白昼、ロアが自室で書類に目を通していると、外壁をすり抜けて現れたのは異形の女だった。
蝋のような白い肌に、藍色の長い髪。局部しか隠していないのではと思われるほど少ない布地の衣服に、蛇のようにしなやかに動く黒い尾。
大胆すぎるその格好と、あまりに蠱惑的な体躯は、マリアをして「いっそ全裸のほうがまだ清々しいです」と言わしめる。
彼女はサキュバスのリィ。
マリアの養父、クレセント・J・マグナス神父の数ある契約魔のひとりだ。
「ちょっと! 何よそのつれない態度! せっかく顔を見に来てあげたのに!」
「それは光栄だけど、出禁の君が屋敷に来たことがマリアにばれると、すっごく機嫌悪くなるから後が怖いんだよね」
「なにその鬼嫁に尻に敷かれてる夫みたいな言い草」
「その喩えは素敵だね。あんなに可愛い鬼嫁にならいくらでも敷かれたいよ」
ふふふ、と嬉しそうに笑うロアに、リィはちょっとばかりどん引いた。
「……なんか今の領主様、牙を折られた獣って感じ。前はもっと野性味があって、情熱的で……。ほら、貴女と私、ベッドの上で互いを熱く貪り合ったじゃない?」
「あの時は私が君の血を一方的に吸っただけで、別に君が勿体をつけて言うような行為には及んでないからね」
机上の書類に目を落としたままリィを軽くあしらうロアに、彼女はぷぅと頬を膨らませる。
「ひどい! 冷たい! ちょっとは遊んでよー! あのまな板娘のどこがそんなに良いのよー!?」
リィのその言葉に、ロアはようやく顔を上げた。
「待って。前からひとつ、君に言いたいことがあったんだけど」
ロアの、いつになく真剣な瞳に、リィは思わず背筋をただす。
何を言うのかと思えば……
「――マリアはまな板じゃないよ」
リィは盛大にコケた。
「いや、私や貴女に比べたらまな板みたいなもんじゃない」
「胸の大きさは比べるものじゃないよ。それにね、」
ロアは急にしみじみと語りだした。
「大きいのが良いなんて一概に言っていたのはもう昔の話だ。時代は変遷し、個人の趣味嗜好は多様化……いや、多様な嗜好に世間がようやく寛容になってきたんだ。
君には君の良さがあって、マリアにはマリアの良さがある。みんな違ってみんないいんだ。ただ私は、マリアが好きなだけ」
リィは呆れた。
「結局貧乳が好きなんじゃない」
「そうじゃなくて! 胸が大きかろうが慎ましかろうがマリアが好きって意味だよ!」
「じゃあ私は領主様の顔がすき。だから抱いて?」
リィはひょいと机上に飛び乗った。
無駄のない動作でロアの顎先に指をやり、ぐっと顔を近づける。
「話聞いてたかな、お嬢さん」
「つまり領主様は個人の趣味嗜好を否定しないんでしょう?」
「まあそうだけど」
ロアはさっと身をかわして立ち上がり、逆にリィの顎を持ち上げた。
紅い眼がリィの瞳を真っ直ぐに射る。
「私が欲しいのはあの子だけなんだ。ごめんね」
以前はただ魔的に煌めき、届かないものへの憧憬しか映さなかったガーネットの瞳が、今は『彼女』に向ける確かな愛情にあふれていた。
リィはこの時少しだけ、本気でマリアを羨んだ。
「……ほんと、誘い甲斐のない人」
リィがそう呟いた、その時。
「ロア様、昼食の準備が整いま……」
ノックと同時に、部屋に入って来たのはマリアだった。
「「「……」」」
ロアとリィは思わず硬直する。マリアも表情筋の動きを止めていた。
傍から見れば、ロアとリィは間違いなく口づけを交わす2秒前ぐらいの体勢だった。
「…………真昼間から、何を、しているんですか?」
マリアの声が低い。
「ち、ちがうよマリア! これはほんとになりゆきで!」
「だまらっしゃい‼ その淫乱悪魔の侵入を許した時点でギルティです‼」
「こわぁい。想像以上の鬼嫁ね」
言わずもがな、その日のロアの昼食はなかった。
「……また来た」
白昼、ロアが自室で書類に目を通していると、外壁をすり抜けて現れたのは異形の女だった。
蝋のような白い肌に、藍色の長い髪。局部しか隠していないのではと思われるほど少ない布地の衣服に、蛇のようにしなやかに動く黒い尾。
大胆すぎるその格好と、あまりに蠱惑的な体躯は、マリアをして「いっそ全裸のほうがまだ清々しいです」と言わしめる。
彼女はサキュバスのリィ。
マリアの養父、クレセント・J・マグナス神父の数ある契約魔のひとりだ。
「ちょっと! 何よそのつれない態度! せっかく顔を見に来てあげたのに!」
「それは光栄だけど、出禁の君が屋敷に来たことがマリアにばれると、すっごく機嫌悪くなるから後が怖いんだよね」
「なにその鬼嫁に尻に敷かれてる夫みたいな言い草」
「その喩えは素敵だね。あんなに可愛い鬼嫁にならいくらでも敷かれたいよ」
ふふふ、と嬉しそうに笑うロアに、リィはちょっとばかりどん引いた。
「……なんか今の領主様、牙を折られた獣って感じ。前はもっと野性味があって、情熱的で……。ほら、貴女と私、ベッドの上で互いを熱く貪り合ったじゃない?」
「あの時は私が君の血を一方的に吸っただけで、別に君が勿体をつけて言うような行為には及んでないからね」
机上の書類に目を落としたままリィを軽くあしらうロアに、彼女はぷぅと頬を膨らませる。
「ひどい! 冷たい! ちょっとは遊んでよー! あのまな板娘のどこがそんなに良いのよー!?」
リィのその言葉に、ロアはようやく顔を上げた。
「待って。前からひとつ、君に言いたいことがあったんだけど」
ロアの、いつになく真剣な瞳に、リィは思わず背筋をただす。
何を言うのかと思えば……
「――マリアはまな板じゃないよ」
リィは盛大にコケた。
「いや、私や貴女に比べたらまな板みたいなもんじゃない」
「胸の大きさは比べるものじゃないよ。それにね、」
ロアは急にしみじみと語りだした。
「大きいのが良いなんて一概に言っていたのはもう昔の話だ。時代は変遷し、個人の趣味嗜好は多様化……いや、多様な嗜好に世間がようやく寛容になってきたんだ。
君には君の良さがあって、マリアにはマリアの良さがある。みんな違ってみんないいんだ。ただ私は、マリアが好きなだけ」
リィは呆れた。
「結局貧乳が好きなんじゃない」
「そうじゃなくて! 胸が大きかろうが慎ましかろうがマリアが好きって意味だよ!」
「じゃあ私は領主様の顔がすき。だから抱いて?」
リィはひょいと机上に飛び乗った。
無駄のない動作でロアの顎先に指をやり、ぐっと顔を近づける。
「話聞いてたかな、お嬢さん」
「つまり領主様は個人の趣味嗜好を否定しないんでしょう?」
「まあそうだけど」
ロアはさっと身をかわして立ち上がり、逆にリィの顎を持ち上げた。
紅い眼がリィの瞳を真っ直ぐに射る。
「私が欲しいのはあの子だけなんだ。ごめんね」
以前はただ魔的に煌めき、届かないものへの憧憬しか映さなかったガーネットの瞳が、今は『彼女』に向ける確かな愛情にあふれていた。
リィはこの時少しだけ、本気でマリアを羨んだ。
「……ほんと、誘い甲斐のない人」
リィがそう呟いた、その時。
「ロア様、昼食の準備が整いま……」
ノックと同時に、部屋に入って来たのはマリアだった。
「「「……」」」
ロアとリィは思わず硬直する。マリアも表情筋の動きを止めていた。
傍から見れば、ロアとリィは間違いなく口づけを交わす2秒前ぐらいの体勢だった。
「…………真昼間から、何を、しているんですか?」
マリアの声が低い。
「ち、ちがうよマリア! これはほんとになりゆきで!」
「だまらっしゃい‼ その淫乱悪魔の侵入を許した時点でギルティです‼」
「こわぁい。想像以上の鬼嫁ね」
言わずもがな、その日のロアの昼食はなかった。
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