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領主と女中の夏のバカンス(破)1
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「空気も綺麗だし良い街ね。ロンディヌスよりずっといいわ」
爽やかな風が、彼女のプラチナブロンドの髪を揺らす。
汽車を降り、バーガンの地に足を踏み入れた彼女はまずそう言って微笑んだ。
「そっかぁ。君って生まれはド田舎だっけ? やっぱり首都の空気は不味いんだねー」
その後ろで、リュックを背負ったぼさぼさ頭の青年――教会ロンディヌス支部所属医師トーマス・ベイカーが、あくびをしながらつぶやく。
そんな彼を完全に無視して、教会ロンディヌス支部所属の悪魔祓い、エレン・テンダーは歩き出した。
「待ってエレン、待ち合わせ場所の喫茶店はそっちじゃないよ」
「ハァ!? 分かってるわよそれぐらい!」
せっかくの端正な顔を随分台無しにしながら、エレンはきゅっと方向転換した。
が、そんな彼女の袖口をトーマスが引っ張る。
「そっちでもないよ。こっち」
「……ッ」
「君ってほんと方向音痴だよね、昔地図を自分の向きにひっくり返して読む君を見て僕は感動したよ。『ああ、この子は女性なんだな』って」
「あんたさっきから喧嘩売ってんの!?」
エレンはトーマスのチェック柄のシャツの胸ぐらを掴んだ。
「やだなぁ、そんなわけないよ。それより早く向かわないと、ミス・マグナスとの約束の時間に遅れるよ?」
「あんたまさか店の中までついてこないでしょうね」
「魔王のお弟子君に興味はあるんだけど今日はやめておくよ。僕は『ポップンキャンディ』バーガン工場限定フレーバーのキャンディを買い占めに行かなきゃだし」
でも喫茶店の前までは送ってあげるね、とトーマスは先を歩き出した。
ふん、と鼻を鳴らし、エレンは彼についていく。
そう、今日彼女がこの街にはるばるやって来たのは、マリア・マグナスにロンディヌス吸血鬼事件の後始末報告を突きつけるためだ。
……ついでに、バーガンについ先日オープンしたという複合娯楽施設を見学して帰ろうとも思っている。
あわよくばプールに入れるよう、競泳水着も持参しているというのはトーマスには秘密だった。
* * *
「お久しぶりです、ミス・テンダー。少しやつれましたね」
「分かって言ってるのよね? 誰のせいだっての」
エレンが喫茶店を訪れた時、すでにマリア・マグナスは席についていた。
すぐに注文覗いに来たギャルソンに、エレンはアイスレモンティーを注文して、改めてマリアに向き直る。
そして、鞄から取り出した分厚い資料をテーブルの上に置いた。
「はいこれ。あんたが……もといあんたの師匠が投げ出して私に回って来た仕事の報告書。郵送でも良かったんだけど、私の腹の虫が収まらなかったので直接手渡しに来ました」
「その件については謝罪しましょう。諸々手間のかかる作業をこの3カ月の間にすべてやってのけた貴女の手腕には正直感服しました。あの数の死者の身元を全て明らかにして埋葬しきるなんて、並大抵のことではありません」
涼しい顔ながら、マリアが素直にエレンに対しそう賞賛を述べたことに、エレンは思わず眉をひそめる。同時に少し照れてきて、頬が熱くなるのを感じた。
「で、せっかくこれだけのためにここまで来たんですから観光でもして帰られては?」
「私やっぱりあんたとは馬が合わないわ」
これを口実にバーガンに遊びに来たことを見透かされて、エレンはテーブルに肘をついた。
そうこうしていると、アイスレモンティーが2つ運ばれてきた。
どうやらマリアも先んじて同じものを注文していたらしいことがわかって、エレンは一層顔をしかめた。
「そういや今日はあんたの使い魔はいないの? てっきり四六時中ニコイチで動いてるんだと思ってたわ。あんたがすぐ里に帰ったのもあれの療養のためだったんでしょ?」
ガムシロップを溶かしながらエレンが問うと、硬い顔をしていたマリアは少しだけ表情を崩した。少しだけ呆れ気味に、彼女はため息をつく。
「ついていくとうるさかったのですが置いてきました。任務ならともかく、書類を受け取るだけですし、旅費が無駄ですし」
ちなみにエレンは、マリアの使い魔――ロアがボルドウの領主であるということをまだ知らない。
ふたりが今日の待ち合わせ場所をボルドウではなくバーガンにしたのは、エレンの意向でもあったが、マリアのそれでもあった。
「はいはい悪うございましたねー。なんならあんたも見学して帰る? すぐ隣にあるレジャー施設。それとももう行った?」
エレンの言葉に、マリアは少し驚いたように目を丸くした。
「意外でした。いかにも堅物そうな貴女でも、そういうものに興味があるんですね」
「あんたもトーマスみたいにいちいち癇に障る言い方するわね!? 私だって新しいものに興味ぐらいはあるわよ!」
実は、エレンの趣味は水泳だったりする。
首都ロンディヌスにもプールは存在するが、どちらかというと富裕層向けでエレンのような庶民には敷居が高くてなかなか入れない。
一方、つい先日ルクルス財閥がオープンさせたレジャー施設は大衆向けとして宣伝されており、入場料も比較的良心的だ。
「せっかくのお誘いですが、今日はやめておきます。……そこに行くのは、先約がありますので」
そう言ってレモンティーをストローでかき混ぜたマリアの表情を見て、エレンはその『先約』が誰とのものなのかすぐに悟った。
(やっぱりニコイチじゃない)
エレンはレモンティーをすぐに飲み干した。
爽やかな風が、彼女のプラチナブロンドの髪を揺らす。
汽車を降り、バーガンの地に足を踏み入れた彼女はまずそう言って微笑んだ。
「そっかぁ。君って生まれはド田舎だっけ? やっぱり首都の空気は不味いんだねー」
その後ろで、リュックを背負ったぼさぼさ頭の青年――教会ロンディヌス支部所属医師トーマス・ベイカーが、あくびをしながらつぶやく。
そんな彼を完全に無視して、教会ロンディヌス支部所属の悪魔祓い、エレン・テンダーは歩き出した。
「待ってエレン、待ち合わせ場所の喫茶店はそっちじゃないよ」
「ハァ!? 分かってるわよそれぐらい!」
せっかくの端正な顔を随分台無しにしながら、エレンはきゅっと方向転換した。
が、そんな彼女の袖口をトーマスが引っ張る。
「そっちでもないよ。こっち」
「……ッ」
「君ってほんと方向音痴だよね、昔地図を自分の向きにひっくり返して読む君を見て僕は感動したよ。『ああ、この子は女性なんだな』って」
「あんたさっきから喧嘩売ってんの!?」
エレンはトーマスのチェック柄のシャツの胸ぐらを掴んだ。
「やだなぁ、そんなわけないよ。それより早く向かわないと、ミス・マグナスとの約束の時間に遅れるよ?」
「あんたまさか店の中までついてこないでしょうね」
「魔王のお弟子君に興味はあるんだけど今日はやめておくよ。僕は『ポップンキャンディ』バーガン工場限定フレーバーのキャンディを買い占めに行かなきゃだし」
でも喫茶店の前までは送ってあげるね、とトーマスは先を歩き出した。
ふん、と鼻を鳴らし、エレンは彼についていく。
そう、今日彼女がこの街にはるばるやって来たのは、マリア・マグナスにロンディヌス吸血鬼事件の後始末報告を突きつけるためだ。
……ついでに、バーガンについ先日オープンしたという複合娯楽施設を見学して帰ろうとも思っている。
あわよくばプールに入れるよう、競泳水着も持参しているというのはトーマスには秘密だった。
* * *
「お久しぶりです、ミス・テンダー。少しやつれましたね」
「分かって言ってるのよね? 誰のせいだっての」
エレンが喫茶店を訪れた時、すでにマリア・マグナスは席についていた。
すぐに注文覗いに来たギャルソンに、エレンはアイスレモンティーを注文して、改めてマリアに向き直る。
そして、鞄から取り出した分厚い資料をテーブルの上に置いた。
「はいこれ。あんたが……もといあんたの師匠が投げ出して私に回って来た仕事の報告書。郵送でも良かったんだけど、私の腹の虫が収まらなかったので直接手渡しに来ました」
「その件については謝罪しましょう。諸々手間のかかる作業をこの3カ月の間にすべてやってのけた貴女の手腕には正直感服しました。あの数の死者の身元を全て明らかにして埋葬しきるなんて、並大抵のことではありません」
涼しい顔ながら、マリアが素直にエレンに対しそう賞賛を述べたことに、エレンは思わず眉をひそめる。同時に少し照れてきて、頬が熱くなるのを感じた。
「で、せっかくこれだけのためにここまで来たんですから観光でもして帰られては?」
「私やっぱりあんたとは馬が合わないわ」
これを口実にバーガンに遊びに来たことを見透かされて、エレンはテーブルに肘をついた。
そうこうしていると、アイスレモンティーが2つ運ばれてきた。
どうやらマリアも先んじて同じものを注文していたらしいことがわかって、エレンは一層顔をしかめた。
「そういや今日はあんたの使い魔はいないの? てっきり四六時中ニコイチで動いてるんだと思ってたわ。あんたがすぐ里に帰ったのもあれの療養のためだったんでしょ?」
ガムシロップを溶かしながらエレンが問うと、硬い顔をしていたマリアは少しだけ表情を崩した。少しだけ呆れ気味に、彼女はため息をつく。
「ついていくとうるさかったのですが置いてきました。任務ならともかく、書類を受け取るだけですし、旅費が無駄ですし」
ちなみにエレンは、マリアの使い魔――ロアがボルドウの領主であるということをまだ知らない。
ふたりが今日の待ち合わせ場所をボルドウではなくバーガンにしたのは、エレンの意向でもあったが、マリアのそれでもあった。
「はいはい悪うございましたねー。なんならあんたも見学して帰る? すぐ隣にあるレジャー施設。それとももう行った?」
エレンの言葉に、マリアは少し驚いたように目を丸くした。
「意外でした。いかにも堅物そうな貴女でも、そういうものに興味があるんですね」
「あんたもトーマスみたいにいちいち癇に障る言い方するわね!? 私だって新しいものに興味ぐらいはあるわよ!」
実は、エレンの趣味は水泳だったりする。
首都ロンディヌスにもプールは存在するが、どちらかというと富裕層向けでエレンのような庶民には敷居が高くてなかなか入れない。
一方、つい先日ルクルス財閥がオープンさせたレジャー施設は大衆向けとして宣伝されており、入場料も比較的良心的だ。
「せっかくのお誘いですが、今日はやめておきます。……そこに行くのは、先約がありますので」
そう言ってレモンティーをストローでかき混ぜたマリアの表情を見て、エレンはその『先約』が誰とのものなのかすぐに悟った。
(やっぱりニコイチじゃない)
エレンはレモンティーをすぐに飲み干した。
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