女領主とその女中~Vacances!~

あべかわきなこ

文字の大きさ
31 / 35

領主と女中の夏のバカンス(急)2

しおりを挟む
 ** *
「副作用?」
「そーそー。急いで作ったからそこまでケアできなかったわけ。まあ命に関わるようなもんじゃないし、そもそもそんな危ない成分使ってないし、安心して飲んでくれて大丈夫だから」

 速達で依頼の品を送ったという電話越しのライアはあくびを噛み殺しながらそう言ったが、ロアは一抹の不安を覚えた。

「どんな副作用なんです?」
「ちょっとムラムラする」
「…………は?」
「だから、平常時より少しだけ興奮状態になんの。まああれだよ、栄養ドリンク飲んだ時、ちょっと無理やり元気になるじゃん? あれみたいなもんだからサ」
「……はあ」

 ロアはその言葉を信じ、届いた薬を規定量、服用した。

 ** *
 ロアはあの時気づいておくべきだったのだ。
 栄養ドリンクを飲んでハツラツになることはあっても、ムラムラはしないと。

「ロア? ぼうっとしてますけど大丈夫ですか?」

 じっとマリアに顔を覗き込まれていることに気が付いて、ロアはぱっと距離をとる。

「だだ大丈夫! なんか水浴びしたい気分だからはやくプールに入ろうか!」

 なんなら水中で息を止めていたい気分だった。
 ロアがこの施設で最も大きなプールを指さすと、マリアは少し困った顔で苦笑した。

「どうかした?」
「いえ、実はその……言いそびれていたのですが」
「?」
「私、泳いだことがなくて。……泳げないんです」
「!?」

 ロアは盲点だったと頭を抑えた。

「ごめん、先に聞いておけばよかったね」
「いえ、私から伝えておくべきだったのですが」

 ロアは自身の浮かれポンチぶりを省みる。
 デートスポットにプールを選ぶならそこは絶対に押さえておかなければならない点だった。

「ロアは泳げるんですか?」
「幼い頃、少しだけ習ってて。船に乗ることもあったから、万が一事故があったとき泳げるようにって」
「流石ですね。貴女さえよければ是非ご教授いただきたいのですが」
「も、もちろん。私なんかでよければ」

 そうは言ったものの、誰かに泳ぎを教えるというのはロアも初めてのことだ。うまく出来るのだろうかと不安に思ったが。
 それは杞憂だった。

「じゃあ歩くね」

 マリアは大抵のことの飲み込みが早い。水泳も例外ではなかった。
 初心者が最初に苦労するのは水の中で目を開けることだが、マリアはものの5分でマスターした。
 次は浮いて泳ぐ感覚を身につけてもらおうと、ロアは浮いた状態のマリアの手を引っ張って歩く。

「マリアはなんでも飲み込みが早いね」
「そうですか? そんなことはないですよ」

 底が比較的浅めのこのプールはもともと子供向けなのか、今日は他に人が見当たらない。ほぼ貸切状態だ。

(ゆっくりできてラッキーだけど……この動悸さえなければ……)

 手を引っ張って歩くこの状況では、必然的に顔の距離が近くなる。
 恥ずかしくて視線を違うところに移そうとしても、目に入るのは彼女の白い肌とその体躯だ。
 例えば、普段は衣服で隠れて見えない身体のライン。
 華奢だがとてもしなやかで、脚も細いのにほどよい筋肉のバランスが保たれている。
 ないものねだりというのか、ロアは彼女のそんな慎ましやかに均整の取れた体形に憧れがあった。
 以前ロンディヌスのホテルのシャワールームで、マリアの裸体を見てしまったときのことを思い出す。
 あの時は湯気もあったし、一瞬で逃げだしたのでそんなにまじまじとは見つめてはいない。

 けれど、綺麗だった。
 言葉を失うほど、綺麗だった。

(……ってなんでこんなときにそんなこと思い出すの私の馬鹿ァッ)

 ロアはぶるぶると首を振った。

「ねえマリア、マリアならもう手を離しても浮けるんじゃないかな? 脚も沈んでないし、きっと大……」

 しかしマリアはロアの手をさらにぎゅっと握り返す。
 彼女は恥ずかしげに小さく呟いた。

「……できれば、もう少しこのままで、」

 手を繋いでいてほしいと。
 マリアの上目遣いに、ロアはうぐ、とたじろぐ。

「……う、うん! こっちこそごめんね、勝手に手は離さないから!」

 一方でマリアは、申し訳なさそうに言った。

「すみません。……今思えばこの間バーガンに来た時に泳げるようにしておけば、貴女の手を煩わせずに済んだのですけど。ミス・テンダーは泳ぐのが得意だと言っていましたし、ここは水着のレンタルもしているようでしたし……」

 それを聞いて、ロアは必死に首を振る。

「だっ駄目駄目! マリアに泳ぎを教えるのは私じゃなきゃやだ! マリアの水着姿を他の人に先に見られるのもやだ! マリアとここに来るの楽しみにしてたのに!」

 マリアはぱちくりと目をしばたいた。
 言ってしまってから、なんて恥ずかしい駄々をこねてしまったのだとロアは後悔する。
 これもあの薬のせいなのだろうか。
 なんだかもう吐いてしまいたい気分だ。

「……ごめん、忘れて」

 ロアが真っ赤な顔でそう言うと、マリアは首を振った。

「嫌です」
「ま、マリア……」
「私も、楽しみにしていたんです。だからおあいこです」

 マリアはそう言って、少し照れ臭そうに微笑んだ。

「…………」
「ロア?」

(~~ぬあああむりいいい~~! 天使か‼ 女神か‼)

 胸中で雄叫びを上げたロアは、マリアをそっと、その場に立たせた。

「……一旦休憩しようか」
「そうですね……?」

 ふたりはプールから上がって、売店に立ち寄った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる 美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて… 表紙はかなさんです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...