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領主と女中の夏のバカンス(急)2
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** *
「副作用?」
「そーそー。急いで作ったからそこまでケアできなかったわけ。まあ命に関わるようなもんじゃないし、そもそもそんな危ない成分使ってないし、安心して飲んでくれて大丈夫だから」
速達で依頼の品を送ったという電話越しのライアはあくびを噛み殺しながらそう言ったが、ロアは一抹の不安を覚えた。
「どんな副作用なんです?」
「ちょっとムラムラする」
「…………は?」
「だから、平常時より少しだけ興奮状態になんの。まああれだよ、栄養ドリンク飲んだ時、ちょっと無理やり元気になるじゃん? あれみたいなもんだからサ」
「……はあ」
ロアはその言葉を信じ、届いた薬を規定量、服用した。
** *
ロアはあの時気づいておくべきだったのだ。
栄養ドリンクを飲んでハツラツになることはあっても、ムラムラはしないと。
「ロア? ぼうっとしてますけど大丈夫ですか?」
じっとマリアに顔を覗き込まれていることに気が付いて、ロアはぱっと距離をとる。
「だだ大丈夫! なんか水浴びしたい気分だからはやくプールに入ろうか!」
なんなら水中で息を止めていたい気分だった。
ロアがこの施設で最も大きなプールを指さすと、マリアは少し困った顔で苦笑した。
「どうかした?」
「いえ、実はその……言いそびれていたのですが」
「?」
「私、泳いだことがなくて。……泳げないんです」
「!?」
ロアは盲点だったと頭を抑えた。
「ごめん、先に聞いておけばよかったね」
「いえ、私から伝えておくべきだったのですが」
ロアは自身の浮かれポンチぶりを省みる。
デートスポットにプールを選ぶならそこは絶対に押さえておかなければならない点だった。
「ロアは泳げるんですか?」
「幼い頃、少しだけ習ってて。船に乗ることもあったから、万が一事故があったとき泳げるようにって」
「流石ですね。貴女さえよければ是非ご教授いただきたいのですが」
「も、もちろん。私なんかでよければ」
そうは言ったものの、誰かに泳ぎを教えるというのはロアも初めてのことだ。うまく出来るのだろうかと不安に思ったが。
それは杞憂だった。
「じゃあ歩くね」
マリアは大抵のことの飲み込みが早い。水泳も例外ではなかった。
初心者が最初に苦労するのは水の中で目を開けることだが、マリアはものの5分でマスターした。
次は浮いて泳ぐ感覚を身につけてもらおうと、ロアは浮いた状態のマリアの手を引っ張って歩く。
「マリアはなんでも飲み込みが早いね」
「そうですか? そんなことはないですよ」
底が比較的浅めのこのプールはもともと子供向けなのか、今日は他に人が見当たらない。ほぼ貸切状態だ。
(ゆっくりできてラッキーだけど……この動悸さえなければ……)
手を引っ張って歩くこの状況では、必然的に顔の距離が近くなる。
恥ずかしくて視線を違うところに移そうとしても、目に入るのは彼女の白い肌とその体躯だ。
例えば、普段は衣服で隠れて見えない身体のライン。
華奢だがとてもしなやかで、脚も細いのにほどよい筋肉のバランスが保たれている。
ないものねだりというのか、ロアは彼女のそんな慎ましやかに均整の取れた体形に憧れがあった。
以前ロンディヌスのホテルのシャワールームで、マリアの裸体を見てしまったときのことを思い出す。
あの時は湯気もあったし、一瞬で逃げだしたのでそんなにまじまじとは見つめてはいない。
けれど、綺麗だった。
言葉を失うほど、綺麗だった。
(……ってなんでこんなときにそんなこと思い出すの私の馬鹿ァッ)
ロアはぶるぶると首を振った。
「ねえマリア、マリアならもう手を離しても浮けるんじゃないかな? 脚も沈んでないし、きっと大……」
しかしマリアはロアの手をさらにぎゅっと握り返す。
彼女は恥ずかしげに小さく呟いた。
「……できれば、もう少しこのままで、」
手を繋いでいてほしいと。
マリアの上目遣いに、ロアはうぐ、とたじろぐ。
「……う、うん! こっちこそごめんね、勝手に手は離さないから!」
一方でマリアは、申し訳なさそうに言った。
「すみません。……今思えばこの間バーガンに来た時に泳げるようにしておけば、貴女の手を煩わせずに済んだのですけど。ミス・テンダーは泳ぐのが得意だと言っていましたし、ここは水着のレンタルもしているようでしたし……」
それを聞いて、ロアは必死に首を振る。
「だっ駄目駄目! マリアに泳ぎを教えるのは私じゃなきゃやだ! マリアの水着姿を他の人に先に見られるのもやだ! マリアとここに来るの楽しみにしてたのに!」
マリアはぱちくりと目をしばたいた。
言ってしまってから、なんて恥ずかしい駄々をこねてしまったのだとロアは後悔する。
これもあの薬のせいなのだろうか。
なんだかもう吐いてしまいたい気分だ。
「……ごめん、忘れて」
ロアが真っ赤な顔でそう言うと、マリアは首を振った。
「嫌です」
「ま、マリア……」
「私も、楽しみにしていたんです。だからおあいこです」
マリアはそう言って、少し照れ臭そうに微笑んだ。
「…………」
「ロア?」
(~~ぬあああむりいいい~~! 天使か‼ 女神か‼)
胸中で雄叫びを上げたロアは、マリアをそっと、その場に立たせた。
「……一旦休憩しようか」
「そうですね……?」
ふたりはプールから上がって、売店に立ち寄った。
「副作用?」
「そーそー。急いで作ったからそこまでケアできなかったわけ。まあ命に関わるようなもんじゃないし、そもそもそんな危ない成分使ってないし、安心して飲んでくれて大丈夫だから」
速達で依頼の品を送ったという電話越しのライアはあくびを噛み殺しながらそう言ったが、ロアは一抹の不安を覚えた。
「どんな副作用なんです?」
「ちょっとムラムラする」
「…………は?」
「だから、平常時より少しだけ興奮状態になんの。まああれだよ、栄養ドリンク飲んだ時、ちょっと無理やり元気になるじゃん? あれみたいなもんだからサ」
「……はあ」
ロアはその言葉を信じ、届いた薬を規定量、服用した。
** *
ロアはあの時気づいておくべきだったのだ。
栄養ドリンクを飲んでハツラツになることはあっても、ムラムラはしないと。
「ロア? ぼうっとしてますけど大丈夫ですか?」
じっとマリアに顔を覗き込まれていることに気が付いて、ロアはぱっと距離をとる。
「だだ大丈夫! なんか水浴びしたい気分だからはやくプールに入ろうか!」
なんなら水中で息を止めていたい気分だった。
ロアがこの施設で最も大きなプールを指さすと、マリアは少し困った顔で苦笑した。
「どうかした?」
「いえ、実はその……言いそびれていたのですが」
「?」
「私、泳いだことがなくて。……泳げないんです」
「!?」
ロアは盲点だったと頭を抑えた。
「ごめん、先に聞いておけばよかったね」
「いえ、私から伝えておくべきだったのですが」
ロアは自身の浮かれポンチぶりを省みる。
デートスポットにプールを選ぶならそこは絶対に押さえておかなければならない点だった。
「ロアは泳げるんですか?」
「幼い頃、少しだけ習ってて。船に乗ることもあったから、万が一事故があったとき泳げるようにって」
「流石ですね。貴女さえよければ是非ご教授いただきたいのですが」
「も、もちろん。私なんかでよければ」
そうは言ったものの、誰かに泳ぎを教えるというのはロアも初めてのことだ。うまく出来るのだろうかと不安に思ったが。
それは杞憂だった。
「じゃあ歩くね」
マリアは大抵のことの飲み込みが早い。水泳も例外ではなかった。
初心者が最初に苦労するのは水の中で目を開けることだが、マリアはものの5分でマスターした。
次は浮いて泳ぐ感覚を身につけてもらおうと、ロアは浮いた状態のマリアの手を引っ張って歩く。
「マリアはなんでも飲み込みが早いね」
「そうですか? そんなことはないですよ」
底が比較的浅めのこのプールはもともと子供向けなのか、今日は他に人が見当たらない。ほぼ貸切状態だ。
(ゆっくりできてラッキーだけど……この動悸さえなければ……)
手を引っ張って歩くこの状況では、必然的に顔の距離が近くなる。
恥ずかしくて視線を違うところに移そうとしても、目に入るのは彼女の白い肌とその体躯だ。
例えば、普段は衣服で隠れて見えない身体のライン。
華奢だがとてもしなやかで、脚も細いのにほどよい筋肉のバランスが保たれている。
ないものねだりというのか、ロアは彼女のそんな慎ましやかに均整の取れた体形に憧れがあった。
以前ロンディヌスのホテルのシャワールームで、マリアの裸体を見てしまったときのことを思い出す。
あの時は湯気もあったし、一瞬で逃げだしたのでそんなにまじまじとは見つめてはいない。
けれど、綺麗だった。
言葉を失うほど、綺麗だった。
(……ってなんでこんなときにそんなこと思い出すの私の馬鹿ァッ)
ロアはぶるぶると首を振った。
「ねえマリア、マリアならもう手を離しても浮けるんじゃないかな? 脚も沈んでないし、きっと大……」
しかしマリアはロアの手をさらにぎゅっと握り返す。
彼女は恥ずかしげに小さく呟いた。
「……できれば、もう少しこのままで、」
手を繋いでいてほしいと。
マリアの上目遣いに、ロアはうぐ、とたじろぐ。
「……う、うん! こっちこそごめんね、勝手に手は離さないから!」
一方でマリアは、申し訳なさそうに言った。
「すみません。……今思えばこの間バーガンに来た時に泳げるようにしておけば、貴女の手を煩わせずに済んだのですけど。ミス・テンダーは泳ぐのが得意だと言っていましたし、ここは水着のレンタルもしているようでしたし……」
それを聞いて、ロアは必死に首を振る。
「だっ駄目駄目! マリアに泳ぎを教えるのは私じゃなきゃやだ! マリアの水着姿を他の人に先に見られるのもやだ! マリアとここに来るの楽しみにしてたのに!」
マリアはぱちくりと目をしばたいた。
言ってしまってから、なんて恥ずかしい駄々をこねてしまったのだとロアは後悔する。
これもあの薬のせいなのだろうか。
なんだかもう吐いてしまいたい気分だ。
「……ごめん、忘れて」
ロアが真っ赤な顔でそう言うと、マリアは首を振った。
「嫌です」
「ま、マリア……」
「私も、楽しみにしていたんです。だからおあいこです」
マリアはそう言って、少し照れ臭そうに微笑んだ。
「…………」
「ロア?」
(~~ぬあああむりいいい~~! 天使か‼ 女神か‼)
胸中で雄叫びを上げたロアは、マリアをそっと、その場に立たせた。
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「そうですね……?」
ふたりはプールから上がって、売店に立ち寄った。
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