女領主とその女中~Vacances!~

あべかわきなこ

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領主と女中の夏のバカンス(急)5

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  * * *
 夕刻。
 ホテルの一室――日本の和室をイメージした特別ルームで夕食を待つふたりは、部屋からの夜景を眺めながら隣り合って椅子に腰かけていた。

「もう大丈夫なんですか?」
「うん、手加減して殴ってくれたんだよね。ありがとう」
「違います! そっちじゃなくて! ……薬の副作用のほうです」

 マリアの言葉に、ロアはふふっと笑う。

「なんか緊張が解けたら治ったみたい。やっぱり水着は駄目だねえ。解放感がありすぎるというか、マリアはいつもより数倍増しで可愛いしね」
「……水着に興奮していただけなのでは?」
「違うよ! 水着姿のマリアに興奮してたの!」
「……真顔で言わないでください恥ずかしいです変態ですか」
「ロア様はマリアちゃん大好きの変態だもん」
「……もう、子供みたいに開き直って」

 そう言って頬を赤らめるマリアがまた可愛いのだということは、ロアはあえて言葉にしなかった。

「……あのね、マリア。夕食を食べたらお風呂に行こうと思うんだけど」
「そうですね」
「部屋風呂と露天風呂、どっちがいい?」
「露天風呂で」
「ええーー」

 ロアはあからさまに残念がった。

「せっかくの露天風呂を楽しまないでどうするんですか」
「せっかく部屋風呂があるのにそっちを楽しまないでどうするの!」
「じゃあ両方入ればいいじゃないですか。のぼせないようにしてくださいね」
「……そうだね、マリアにのぼせるかも」

 そこまで言われて、マリアはどうしてロアが部屋風呂に拘ったのかをようやく理解した。
 露天風呂は、他の客も利用するため水着の着用が必要だ。
 一方で部屋風呂は、完全なプライベート空間なので水着の着用はまずしない。全て衣服を脱ぐことになるだろう。

「……あ、あの、私は、」
「一緒に入るのは嫌?」

 ロアはにこにこと笑みを湛えて尋ねてくる。
 訊き方がずるい、とマリアは唇をかむ。

「嫌というわけではないですが、は、恥ずかしいので」

 マリアの声は消え入るように、そしてその顔は真っ赤になっていた。それを見てロアはさらに微笑む。

「マリアはほんとに恥ずかしがり屋さんだね。
 じゃあ、マリアは露天風呂に行っておいで。私は部屋風呂にするよ。もともと人の多いところは苦手だしね」

 ロアは涼しい顔で、備え付けてあった団扇をそよそよとあおぐ。
 そんなロアの顔を、マリアは遠慮がちに窺う。

「……せっかくですし、一緒に入りましょうよ」
「…………部屋風呂に?」
「露天風呂です!」

 ロアは苦笑して、頷いた。



 * * *
 露天風呂は、この複合娯楽施設の最上階に設置されていた。
 バーガンで最も高い建物になるので、夜景が最高との評判だ。

「ロア、先に行ってますからね」
「え、ちょ、マリア着替え早すぎない!? 待って待って」

 着替えにまごついているロアを尻目に、マリアは先に露天風呂に足を踏み入れた。

「……まあ」

 夜空が、星がとても近いことに、マリアは思わず歓声を上げた。
 思えば、こんなに高い建物に登ったことも初めてだったし、こんな場所のお風呂に浸かるのも初めてだ。
 マリアはお風呂が好きだ。
 修道院にいた頃は基本シャワーで、湯船に浸かれる日は週に一度と決まっており、それも短い時間での入れ替え制たった。ゆっくりバスタイムを楽しめなかったことが、逆に彼女に湯に浸かることを幸福な時間だと実感させるのだ。

「存外、素敵だね。ついてきてよかったかも」

 追いついたロアがそうこぼしたことに、そうでしょうそうでしょうと内心得意げになりながら、マリアは湯船に浸かった。
 少し熱めだが、良いお湯だ。
 プールで冷えた身体の疲れが溶けていくようだ。

「極楽、っていう顔だね」
「ロアはお風呂、嫌いなんですか?」
「私はわりとシャワーで済ますから。でも、たまにはこうしてゆっくり浸かるのも悪くないね」

 そう言って、ロアは星空を見上げる。
 お湯の中で、そっとマリアの手が、ロアのそれに重なった。
 マリアから重ねてくるのは珍しく、ロアは少しばかり驚いてマリアを見た。
 マリアは薄紅色の頬で、夜空を見上げている。

「また、来たいです。貴女と」

 今日のマリアは本当に可愛い。
 彼女の横顔を見ながら、ロアは心底そう思った。

「そうだね。また来ようか」

 出来るなら、今度はちゃんと、人間として。薬の副作用なんて気にしなくて良いように。
 ふたりは夜空の下でそう約束した。



 * * *
「……ちょっとのぼせちゃったかな。頭が重いかも」
「大丈夫ですか? お水飲みます?」

 部屋に戻って早々、ロアはごろんと布団の上に横になった。
 今日はベッドではなく、畳の上に直接布団が敷いてある、いわば日本形式だ。

「日本式のお布団で寝るの初めてかも……」
「滅多にないですよね。はいどうぞ、お水」
「ありがと」

 注いでもらったコップの水を飲み干してから、ロアはマリアに提案する。

「ねえマリア、お布団くっつけない?」
「……、そうですね」

 マリアの返答には一瞬間があった。

「け、警戒しなくても大丈夫だよ! もう部屋風呂入ろうとか言わないから!」
「のぼせてもまだ言うんですね、部屋風呂って」

 そう言いつつも、マリアは自身の敷布団をロアのそれに引っ張ってくっつけた。

「……なんだか疲れたので、少し早いですが横になりましょうか」
「そうだね」

 ふたりが横になり、灯りを消すと、しんと部屋は静まり返った。
 あれだけ楽しみにしていた旅行が、今夜で終わってしまう。
 そんな寂しさが湧いてくる。

「……マリア」
「なんですか」
「もうちょっとくっつかない?」
「……、そうですね」

 またも一瞬間がある返答に、ロアは頬をかく。

「……なんか、ごめんね。シャワールームでのこと、変に意識させちゃって」
「ち、違いますよ! 別にそういうのじゃないです!」

 マリアは慌てて弁明した。

「そうなの?」
「そうです。……なんというか、……」
「え?」

 マリアの声が小さすぎて、ロアにはよく聞こえなかった。

「……だから」

 マリアがずい、と体半分ロアに近づく。
 これで、肩が触れ合う距離になった。

「…………むしろ、嬉しかったので」

 マリアの言葉に、ロアの心臓が跳ねる。

「ほ、ほんと?」
「……ええ」
「……えと、じゃあ、あのね、眠る前に、もう一回だけ、しない?」
「? 何をですか?」
「……だからその、う、ううん……」

 いざ言葉にしようとすると恥ずかしく、ロアは思わず顔を手で覆った。

「ごめん、ちょっとだけ」

 ロアはおもむろに身体を起こし、マリアに覆いかぶさる。
 マリアが驚く暇もなく、ロアは自然な動作で彼女にキスをした。

「……、」

 昼間よりも短く儚い、けれど優しいキスだった。

「痕、つけちゃってごめんね」

 ロアは指の腹で優しくマリアの首をくすぐった。
 じゃらされているような気分になり、マリアは思わず笑みをこぼす。

「……変な人ですね。嬉しかったと言ったのに、昼間の行為を謝るんですか?」
「無理矢理するのはやっぱりよくないかなって。それともマリアはそっちのほうが良いのかな? 無理矢理のほうが興奮する?」
「……ロアの馬鹿。変態」
「マリアちゃんになら変態、エッチと罵られても喜んでしまうロア様だよ」
「……末期じゃないですか」
「そうかもね」

 冗談のようにそう笑って、身体を元に戻そうとするロア。
 その腕をマリアが掴んだ。

「?」

 有無を言わさぬ間に、今度はマリアがロアに口づける。
 とても優しいキスだった。

 唇を離したマリアは、優しく、不敵に微笑む。

「そんな貴女に口づけをする私も、きっとおかしいのでしょうね」
「……!? !?」

 ロアは、動揺のあまり言葉が出てこなくなって口をぱくぱくさせている。
 一方でそんなロアを見たマリアも恥ずかしくなったのか、顔を隠すようにそっぽを向いた。

「早く寝ましょうね」
「ま、待って、そんなことされたら眠れないよ!」
「眠ってください」
「勿体なくて寝たくないよ!」
「寝るんです。明日、時間が許せばもう一度プールに行きたいのです。結局半分も遊べていませんから。ロアは行かないのですか?」
「……行きたい」
「じゃあ寝ましょうね。睡眠不足は水泳の敵ですよ」
「……うぅ」

 ロアはいじけて、マリアの背中にのの字を書く。

「…………私は明日の朝マリアと部屋風呂したい」
「結局また言ってるじゃないですか」
「……あの、変な意味じゃなくて、ちょっとだけ、家族風呂って憧れてて。こういう機会、旅先じゃないとないじゃない……? 次、いつ遊びに行けるか分からないし……」
「…………」

 しばしの沈黙のあと、返って来た答えは

「………………考えておきます」
「…………ほんと!? やった!!」
「ま、まだ入るとは言ってませんからね!?」
「楽しみだなースヤァ」
「ちょっと! 狸寝入りはやめてくれます!?」

 ……そんなこんなで、結局ふたりはその晩、わりと遅くまでこんな他愛のない会話を繰り広げていた。
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