女領主とその女中~Femme fatale~

あべかわきなこ

文字の大きさ
5 / 47
悪魔祓いと魔女

4

しおりを挟む
 客間にふたり取り残されて、まず口を開いたのはロアだった。

「マリアのせっかち。なんであんな胡散臭いのに捉まっちゃうかなあ」
「その点に関しては謝罪します。私が浅はかだったと。……すみません」

 マリアは素直に謝罪したが、こうも言った。

「しかし、私にはあの人が悪人には見えないのです。きっと彼女は私たちに助けを求めているだけで。恐らく、必死なのでしょう」
「……前から思ってたけど、マリアって年上に弱いというか、甘いよね」
「ひとくくりにされるのは心外ですが、筆頭は間違いなく貴女ですよ」
「最近全然甘やかされてないけど!? ねえ!?」

 ロアの叫びに、マリアは応えなかった。しかし

「……痛くないですか、それ」

 ロアの首元の呪縛に負い目を感じているのか、控えめに尋ねるマリアにロアは苦笑した。

「大丈夫だよ。本気を出せば多分逃れることも出来るだろうけど、ここまでされたら流石に彼女の目的を知りたくもなるね」
「……明後日、ですか」

 明後日、アンジェラは一体何をしにどこへ行くのか。
 何故悪魔祓いの護衛が必要なのか。

「女中業をする間、探りを入れてみます。何が起こるか分からないので、貴女は明後日まで体力を温存しておいてください」

 マリアが言った端から、ロアは盛大に顔をしかめてマリアの目を覗き込んだ。

「私、呪いよりなによりそれが一番不満なんだけどね」
「? どうしてですか?」

 別に何が減るわけでもないのに、と言わんばかりのマリアの表情に、ロアはさらにむっとする。
 ロアが口を開きかけた丁度その時、アンジェラの車椅子の音が近づいてきた。

「見てみて、聖女様。丁度良いお洋服がありましたわ」

 戻って来たアンジェラの膝の上には、どこからどう見ても正統派の給仕服――白いエプロンがあった。



 ** *
「驚いた。本当に聖女様は、女中業に慣れていらっしゃるのね。お部屋が見る見るうちに綺麗になったわ」

 給仕服に袖を通し、ひとまず、物置部屋の掃除を任されたマリアは、様子を見に来たアンジェラにそう言われて、少しだけ鼻が高くなった。

「しかしミズ・シーラー。ここには興味深いものが沢山置いてありますね」

 物置小屋には埃をかぶった石膏像や、異国の方位磁石、何の用途に使われるのか分からない大きな箱などが並んでいた。
 マリアがその箱の上に積もった埃を拭こうとすると

「あ、聖女様、それは」

 アンジェラが止める前に、箱の蓋が勢いよく開いた。

「!?」

 マリアが目を丸くする。
 箱から飛び出したのは、ばね仕掛けの道化師の人形だった。

「ごめんなさい、それびっくり箱なの。妹が小さい頃、私を驚かせるために作った……」
「なかなか精巧な造りですね。子供が造ったとは思えません」

 マリアが素直な感想を述べると、アンジェラは頬を緩め、少女のように笑った。

「精巧過ぎて、ちょっとトラウマなのよ、そのびっくり箱。もらったときに驚きすぎて気を失ってしまって」

 この時初めて、マリアはアンジェラの素の表情を見た気がした。

「ミズ・シーラー、貴女さえ構わなければ、今夜の食事も作りましょうか? その足ではどんな作業も煩わしいでしょう」
「アンジェラと呼んでくださって構いませんわ聖女様。その申し出は嬉しいけれど、なんだか恐縮。貴女の使い魔さんに眼光だけで射殺されてしまいそうだもの」

 アンジェラは冗談を交えながらも眉を八の字にして苦笑した。

 マリアの命令で、ロアは客間に待機させられている。
 マリアが屋敷内を移動するたびに後ろをついて歩かれては捗る仕事も捗らないからだ。
 マリアやアンジェラが客間に戻るたび、ロアは鎖でつながれた犬のように彼女らを恨めし気に睨む。

「ロアのことは……なんだかすみません。ではアンジェラさんとお呼びします。怪我をされてからは、食材はどうやって調達されているのですか?」
「この家、もともと村から離れているでしょう? 普段からそれなりに備蓄をしていたんだけど、それでやりくりを」
「しかし備蓄の食材となると、根菜類や缶詰ですよね?」
「その通りよ。少し飽きてきたところではあるけれど……」
「なら生鮮食品を仕入れに行きましょう。ロアを使いに出しても良いですし」
「聖女様はお優しいのね。……あんなことをしてまで貴女がたを引きとめた私が言うのもなんですけど、なんだか心苦しいですわ」

 アンジェラが目を伏せる。その、少し儚げな笑みが、マリアには引っ掛かった。

「アンジェラさん、どうしてこのような強硬手段を? 何か困りごとがあるのなら、そのようなことをしなくても、教会の者として私達は貴女を無碍にはしませんよ?」

 マリアの申し出に、しかしアンジェラは首を振る。

「私の口からはとても、ことの全貌を言えないのです聖女様。ただ、そうですね。貴女が察している通り、私には、貴女達に祓ってほしい敵がいます」
「祓う、ということは、相手は悪魔の類なのですね」
「ええ」

 正規の手段で教会の悪魔祓いを呼べなかった理由が恐らく彼女にはあるのだろう。
 それを今聞き出すのは難しいとマリアは判断した。

「分かりました。そういうことでしたら相応の身構えをしておきます。食事もきちんと摂らねばなりませんね。お腹が減ってはなんとやら、です」

 アンジェラは嬉しそうに微笑んだ。

「可愛らしいこと。貴女を見ていると本当に、幼い頃の妹を思い出しますわ。貴女方を引き留めたのは、依頼の件もありますけど、貴女が可愛らしいから、という理由に偽りはなくてよ」

 彼女の言葉に、マリアは少しだけ頬を染める。
 可愛らしい、という言葉はロア以外からも何度か世辞として頂戴したことはあったが、ここまで真っ向に言われたことは少ない。

「この服も妹さんのものだと仰っていましたけど、妹さんは女中業を?」
「いえ、それは衣装。妹はからくり技師でもあったけど、画家でもあったの。それで、モデルさんに着せる衣装をいくつか持っていて。……でも、その衣装はどちらかというと趣味に使っていたわね」
「趣味」
「芸術家で、奇人変人の類だったの。あ、でも、着るだけよ? 着て何かしようとか、そういうのじゃないから安心してね」
「はあ」

 着て何かする、という意味がよく分からずマリアが考えていると、アンジェラがまた意味深げに微笑んでいた。

「あの使い魔さんが過保護になるのも少し分かるわ。では聖女様、お言葉に甘えて今夜の夕食、お願いしても良いかしら」
「え、ええ」

 なんだか腑に落ちないまま、マリアは頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」 王立学院の舞踏会。 全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。 努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。 だが、カロスタークは折れなかった。 「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」 怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。 舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。 差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける! これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。 誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!

曖昧な距離で愛している

山田森湖
恋愛
結婚4年目のアラサー夫婦、拓海と美咲。仲は悪くないが、ときめきは薄れ、日常は「作業」になっていた。夫には可愛い後輩が現れ、妻は昔の恋人と再会する。揺れる心、すれ違う想い。「恋人に戻りたい」――そう願った二人が辿り着いた答えは、意外なものだった。曖昧で、程よい距離。それが、私たちの愛の形。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

恋い焦がれて

さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。 最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。 必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。 だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。 そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。 さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。 ※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です ※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません) ※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。 https://twitter.com/SATORYO_HOME

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...